766 視点が違えば景色も変わる
サクッと時間をスキップしてゲーム内の翌日、ボクたち三人はゴーストシップサルベージ社の巡回船でウィスシーへと乗り出していた。
もっとも、巡回する範囲は港とその周辺程度なので船の大きさもそれに合わせたものとなっており、首都近くから湖を半周してきたスウィフ船長の貨客船などに比べるととっても小さいサイズの船だった。
むしろ舟と言った方が適当かもしれない。リアルでの十数人乗りの小型漁船とか遊覧船くらいの大きさかしらね。
当然、その分水面までが近い訳でして。
「お、おおー……。陸側から見るのとはまた違った趣がありますなあ」
間近で大型船を見上げるような形となるので、その迫力たるや言葉を失ってしまうほどだった。それらが埠頭に並んで停泊している様などは壮観の一言に尽きる。
「はっはっは!そこまで喜んでもらえたなら、乗せた甲斐があるってもんだぜ」
朗らかに笑いながらヴェンジ社長が手に持った酒瓶をグイっとあおる。
ちなみに中身は酒ではなくカーシーさんお手製のスポーツドリンク的な飲み物です。
ほら、船の上は基本的に遮る物がないから日差しに晒されっ放しになってしまうのよ。加えて水泳などの水の中での作業も気付かない間に汗をかいてしまい水分不足に陥りやすい。
つまりは熱中症になりやすい職場なのだった。
さて、どうして小舟ではなく巡回船に乗って、しかも遺跡ではなく港を巡っているのか?
答えは小さな船に慣れるためだった。
貨客船のような大型とは異なり、小さい船は少しの波でもダイレクトに揺れとなって伝わってくる。それに怯えて固まってしまうくらいならまだ可愛い方で、パニックになって暴れられてしまっては乗員全員の命が危なくなってしまう。
そのため段階を踏んで小さな船に慣れていこうということになったのだった。
それにしても灯台守に港の巡回と、カーシーさんが言っていたようにヴェンジ社長は面倒事を押し付けられているようにも見えてしまうね。
実際は色々なしがらみだとか思惑だとかが入り組んでいるらしいです。深いところまで入れ込む気はないので、詳しい話は聞かなかったけれどね。
いや、この国でのんびりしていると大公様やジェミニ侯爵に捕まって、今度こそ国の歯車に組み込まれしまいそうなので……。
ライレンティアちゃんやジーナちゃんたちとまったりお茶しているだけならともかく、男連中の尻を叩いたり発破をかけたりして手綱を握らなくてはいけないのはごめんです。閑話休題。
「わざわざそこまでしてもらって、少々申し訳なく思えてしまいますわね」
「気にする必要はねえぜ!これはこれで新しい飯のタネになりそうだしな!」
独り言に近いミルファの呟きに、ヴェンジ社長がそう言って返す。
ふむ、小型の船による港内部の遊覧事業か……。大型船の運航の邪魔にならないようにだとか事故防止対策だとか、色々と課題や詰めておくべき点もあるけれど、新しい試みとなるようだし需要はあるかもしれないね。
これでタダ同然で乗せてもらったお礼になるかな。
そうこうしている間にも船は進み、港の北端である街の端が見えてきていた。
「大将!今のところ異常なしっす!」
「こっちも問題なしだぜ、大将!」
前方と後方で見張りをしていたお兄さんたちが威勢のいい声で報告している。
「てめえら、船の上じゃキャプテンと呼びやがれ!」
怒鳴り返すヴェンジ社長、もといキャプテンの様子にあちこちから笑い声が聞こえてくる。定番のやり取りってやつだわね。
トップがいじられキャラでいいのかと思わなくもないけれど。まあ、仲が悪かったり嫌われていたりするよりはマシなことに違いはない。
「ところで、嬢ちゃんたち。小型の船に乗った感想はどうだ?見たところ船酔いとかはしていねえようだが」
「体調におかしなところはありませんわ」
「同じくです」
強がってもいなければ無理した様子もなくミルファとネイトが答える。
まあ、二人とも『土卿王国ジオグランド』の山道を長時間荷馬車に揺られた経験があるからねえ。水上での揺れは独特なものがあるけれど、これくらいならば大丈夫だろう。
「ボクももちろん平気ですよ」
「ほう、そうか。それなら戻って休憩を挟んで、昼からでもさっそく小舟に乗ってみるか?」
「そうしてもらえるなら、ありがたいですね」
今頃ヒューゴもこちらに向かって来ているだろうから時間的な猶予はそう多くはない。素早く動けるならばそれに越したことはないのだ。
「よし、それじゃあ戻るぞ。右回りで回頭しろ!」
「あいさー!」
これまた威勢のいいやり取りが交わされたかと思えば、船はゆっくりと右へと曲がり始めたのだった。
「そういえば大将、この間航路からそれて遺跡の方に近づいてた船がいたらしいぜ」
「その話は俺も聞いてる。他領所属の船でうちの動きに不慣れだったそうだ。だが、放っておくのも灯台守としちゃあ据わりが悪い。……ちょうど今頃の時間だったようだし、ついでに見回っておくか。嬢ちゃんたち、悪いが遺跡の近くを回ってから戻ることにするからよ」
観察する機会が増えるのだ。こちらとしては否やはない。即答で了承の意を伝える。
「……気が付いた?」
「ええ。遺跡の方へ向かうとキャプテンがおっしゃった瞬間、動きがぎこちなくなった船員がいましたわね。数は……、恐らく二人でしょうか」
「わたしも確認できたのは二名でした。肩をびくりと跳ねさせていたので、何かあるのは間違いないと思います」
ミルファとネイトの二人ともがはっきり認識していたということは、ボクの見間違いではなかったということか。
ちなみにどちらの人物もこちらの世界基準での成人になったばかり、つまりはボクたちと似た年頃に見える。リアルでならば男性よりも男子と呼ばれていそうな人たちだった。
用心で使用した〔警戒〕技能には反応が見られなかったからどこかの勢力のスパイということではなさそうだけれど。
これは少しお話をする必要がありそうかしらね。




