763 紹介されたのは
「えーと、貨客交易船のスウィフ船長から紹介されたんですけど……」
やって来たのは港の中でも南の端、つまりは遺跡から一番近い埠頭だった。それにしても船長さんなのに水夫という名前なのはこれいかに。
人や物の出入りが激しいはずの港にしては妙に静かなのが懸念点その一です。何というか一仕事終えた後の心地良い疲労感みたいなものが広がっていたのだ。
昼過ぎではあるけれど、まだ夕方までには間のある時間帯なのだけれど。
そして闖入者であるボクたちを取り囲んでいるのは、浅黒く日に焼けて筋骨隆々なこれまたいかにも海の男といった風貌な人たちだった。
まあ、海じゃなくて湖なのだが。
中には肝っ玉母さん風の女の人も混じっていたけれど。
いずれにしても見た目だけならば周囲に漂っている、まったりとした空気感とはそぐわなそうな人たちばかりである。
「こらこら、年頃の娘さんが珍しいのは分かるけど、あんたらみたいなむさくるしい連中が束になって寄って行ったら怖がらせちまうじゃないか!」
「ちょっ!?姐さん、ひでえ!?」
「見た目はアレだけど、俺たちは繊細な心を持った紳士なんだぜ」
「やかましい!繊細な心の紳士なら、酔っぱらって酒場の女の子たちの尻に手を伸ばそうなんてことはしないもんだよ!」
「ゲッ!?バレてる!?」
「マニャちゃんからは次やったら出禁にするって言われてるんだけど、その前にうちでしっかりと教育しておくべきかねえ」
「直ちに持ち場に戻りますであります、マム!」
「だから調教だけは勘弁してくれえ!」
何ともコメディテイスト溢れるやり取りが展開されたかと思えば、漫画なら頭上に『ピュー!』という擬音が書かれていそうな勢いで男性陣が蜘蛛の子を散らすようにいなくなってしまった。
「いきなりで驚いただろう。あいつらも悪気があった訳じゃないんだけど、いかんせん男所帯でねえ。どうにも女の扱い方ってものがなっちゃいないんだよ」
苦笑しながら話しかけてきたのは口だけで男性陣を追い払ってしまった女性だった、のだけれど……。
遠目には肝っ玉母さんかと思いきやこの人、ワイルドな雰囲気のとんでもない美人さんでした。しかもボンキュッボンなナイスバディの持ち主でもあった。
彼我の戦力差は大きく、ボクにミルファとネイトの三人がかりでも勝てそうな気がしない。
まあ、性格の方はご覧の通り「四十秒で支度しな!」と言い放つ某空賊のお母様のような調子だったのだけれど。
「気にしないでください。これでも冒険者なので武骨な男の人たちには慣れてますから。あ、でも、助けてくれてありがとうございました」
ぺこりと頭を下げると、今度はお日様のような笑顔を浮かべてくれた。
おっふ。不意打ちは危険です。ほれてまうやろ。
「へえ。あんたたちみたいな可愛い子たちが冒険者とは意外だね。それで、うちに何の用だい?」
「それなんですけど……、ここで皆さんは何をされているんですか?」
「おや?スウィフの旦那から聞いてきたんじゃないのかい?」
怪訝な顔で姐さんが尋ね返してくる。うん。当然の疑問よね。
「それがですね、緊急の案件ができたとかで部下の人が呼びに来ちゃいまして、詳しい話を聞く前に居なくなっちゃったんですよ……」
「……旦那も相変わらず忙しないお人だねえ」
「一応、紹介状代わりに一筆書いてはくれているんですけど」
こんなこともあろうかと!と懐から取り出された訳ですが、用心しておくべきなのはそこじゃない!と突っ込みたくなったボクは正常だと思う。
「それは後でうちの大将に見せてくれればいいよ」
そんなこんなで姐さんことカーシーさんの案内で彼女たちの大将がいる所へと向かうことに。
その道すがら教えてもらえたところによると、カーシーさんたちはその大将の下でサルベージ業を営んでいるのだそうだ。
「といっても、沈没した船を引き上げるような本格的なものはほとんどなくて、大抵は港の中で積み下ろしの時に誤って落としてしまった積み荷の回収が主な仕事なのだけどさ」
なるほど、小型の船から手漕ぎのボートくらいなものまで大小様々な船が並んでいた訳だ。
「ボクとしては魔物が出没する場所で沈没した船を引き上げようとすること自体が信じられないですよ……」
船の甲板上に飛び出してきた魔物たちですら大いに手こずったというのに、やつらのテリトリーである水中に入るだなんて命知らずな行動としか思えなかった。
「そこはまあ、体力と負けん気だけが取り柄の連中だからね。依頼のない日は銛を片手に素潜りをしては漁師の真似事をしてるよ」
これが意外と実入りが良く、全体の収入の三割以上になるのだとか。先ほどの弛緩した空気も、本日の副業を終えたところだったからなのだろう。
「変わったところだと、振られたと勘違いしたバカがプロポーズに用意していた指輪を投げ捨てちまって、それを探して欲しいっていう依頼もあったねえ」
「え?それ、見つかったんですか?」
「ああ、見つかったよ。運が良かったんだろうね。依頼人が非力だったのもあって、波に運ばれることなくすぐ近くの岩の隙間に挟まっていたよ」
と、こちらが退屈しないように面白おかしく話をしてくれたのだった。気風がいいだけでなく気配りもできるだなんて、もしもカーシーさんがポートル学園に居たら、きっと下級生の女の子たちから「お姉さま」として大いに慕われたことだろう。
「ここだよ」
そして辿り着いたのは埠頭の先にある高さにして十数メートルくらいのこぢんまりとした塔のような建物だった。
「灯台、ですか?」
「お、よく分かったね。とはいってもそこまで大したものじゃないよ。そこに見える遺跡のせいであの辺りは浅くなっているのさ。今とは違って港が小さかった頃は座礁する間抜けな船が多かったんだと。まあ、その名残みたいなもんさ」
「それでも街にとっては重要な施設ですよね。それを預けられるんだから凄いと思いますよ」
「うちの大将は人がいいから、面倒事を押し付けられているだけだよ」
などと言いながらもそっぽを向くカーシーさんの頬は緩んでいて、喜んでいることが丸分かりだった。
カーシーさんのような美女に慕われる大将さんか。ゲームの世界なのにどこからともなく「リア充爆発しろ!」という恨みの込められた声が聞こえてきそうだよ。




