760 やって来ました他所の領
水棲魔物とのランダムエンカウントによって、ボクたちが叩き起こされることはなかった。が、それと緊急事態が起こらないこととイコールではなかった。
どういうことなのかと言えば答えは簡単、ボクたちが目覚めた後に、つまりは朝になってから大量の水棲魔物との遭遇が発生してしまったのだ。
大量遭遇その一、フライング魚軍団。
ダーツ魚にアロー魚、ライフリングバレット魚といった、水面から飛び跳ねて突撃してくるタイプの魔物たちだ。
一体ごとの強さは大したことはなく、パーティーメンバーの中では非力な部類のネイトでも、飛んできたところをペシッと杖で叩き落せば倒せる程度でしかなかった。
やつらが厄介なのはその数と帆を穴だらけにしてしまうという点だった。ライフリングバレット魚以外は冒険者たちが装備している金属製はもとより防御力の低い革製防具であっても貫けない程度の威力しかなかった。
しかし、どこまでいっても丈夫な布でしかない帆には十分以上の脅威となってしまうのだ。そのため帆を畳み終えるまでの数分間が一番の勝負どころと言っても過言ではなかった。
「【ウィンドニードル】!」
「【アースニードル】!」
「【サンダーニードル】!」
斜め上から撃ち下ろすように、三人で効果範囲の広いニードル系の魔法を連発する。
「うおおおお!嬢ちゃんたち頑張ってくれー!」
「応援はいいから、さっさと帆を畳んで!」
「がっはっは!大漁だ大りょいってええええええ!?」
やいのやいのと盛り上がっている船員たちに仕事をしろと怒鳴る。
壁に突き立った魔物魚を回収しようとして、後頭部を刺されている調理服姿の人に関しては無視します。痛いとか叫んでいられるくらいだから死にはしないでしょ。
大量遭遇その二、イカタコ触腕の群れ。
読んで字のごとく、イカやタコといった軟体生物の触腕どもだ。
ただし、本来であればそれらが接続されているはずの胴体や頭部分はなく、いわゆる足の部分だけが群れになっているという謎の生態をしていたのだった。
えー、こちらについては諸般の事情により詳しい戦闘時の描写は控えさせていただきます。
一言だけ付け加えるならば、セクハラダメ、絶対!
戦闘後にイカ玉やタコ玉なお好み焼きっぽい料理を教えてあげると、「これで少しは利益になるから倒しがいがある!」と喜ばれました。
見た目の不気味さと相まって、倒しても捨てるしかないと思われていたのだそうだ。
まあ、うにょうにょだしね、仕方ないね。
「こ、これを食べるんですの……?」
「お腹の中を攻撃されそうです……」
このようにミルファとネイトもドン引きしていたくらいだ。もっとも、一度口にした後はパクパクと美味しそうに食べるようになっていたけれど。
冒険者としてやっていくには、何事にも素早い切り替えが大事なのだよ。
ついでにソイソースや中濃ソースも売り込んでおいたよ。くっくっく。戦争なんてしようと思わないくらいに食文化的に依存するがいい!
ああ、たこ焼き食べたい。
事後処理も終わり、そろそろ目的地であるヴァルゴ領の領都が見え始める頃合いだというので、ボクたちは三人揃ってのんびり甲板で進行方向を眺めていた。
「ところでリュカリュカ、エッ君たちにも手伝ってもらえばもっと楽に倒せたのではありませんか?」
「それはまあ、考えなくはなかったよ。だけどエッ君たちって目立つでしょう?」
ふと思い出したかのように問いかけられたネイトからの言葉にそう返すと、納得したと言わんばかりの表情で頷く二人。
有名になった原因の何割かは首都近郊でミルファとネイトが引率してうちの子たちと大暴れしていたせいだからね。
ええ。ボクがポートル学園で色々と難儀している間に、彼女たちは冒険者稼業を満喫していたのだ。うちの子たちのマスターだからというだけで、ボクまで冒険者のランクが上がってしまっていたよ……。
まあ、あちらでの後始末的な仕事もいくつかは請け負ってもらっていた関係もあるのかもしれないけれどさ。
さらに女子三人だけに比べると、テイムモンスターが一緒なパーティーとなればそれだけで人目を引いてしまう。
「あの子たちを参加させたら一発でボクたちの足取りがバレちゃいそうだったから」
これ以上は本気で不味いということにならない限りは、戦闘へのうちの子たちの参加は見送ろうと決めていたのだった。
そして何より、
「実はボクたち三人分しか乗船賃を払ってないのよね……」
「は?」
「え?」
そう。『ファーム』の中にいて外には出てきていないのをいいことに、うちの子たちは無賃乗船状態だったのだ!
当然食事等のサービスは受けていないとしても、グレーゾーンの中でもブラックに片足を踏み込んだやり方だと思う。ボクにその自覚があったからこそ、ミルファとネイトにも内緒にしていたのだ。
「乗船の時点でボクたちの情報が回されていて、足止めするように通達されていた可能性もあったから、それに対する用心の意味合いもあったのよ」
実際に船着き場はもうすぐ夜が来るにもかかわらず人が行き交い妙にバタバタしていたし、ボクの予想は決して的外れなものではなかったと思う。
「もしやテンタクルの食べ方を考案したのは、無賃乗車の罪滅ぼしだったのですか?」
「それはただボクが美味しいものを食べたかっただけだね!」
「正直は美徳とはいえ、少しは取り繕ってくださいませ……」
疲れた顔の二人をなだめている内にヴァルゴ領の領都が見え始め、以降は魔物が食材へと変化することもなく港へと到着したのだった。
船長さんから魔物撃退の協力へのお礼を言われてから船を降りる。領都バーゴの第一印象は、ウィスシーを挟んで首都の対岸にあるという立地条件の割には栄えている、というものだった。
「港の近くには大きな倉庫のような建物が立ち並んでいますから、物資の集積場や物流の拠点として確立しているのだと思いますわ」
故郷である『自由交易都市クンビーラ』と同じ匂いを感じ取ったらしく、ミルファがそんな解説を入れてくれた。
加えて、例の領の成り立ちもある。転移装置の管理と監視が役目である以上、潰れてもらっては困るだろうから、密かに国からのテコ入れなども行われてきたのかもしれないね。




