758 さよならは突然に
てっきりいつかの光景と似通ったものになると思っていたのだが、ところがどっこい!タマちゃんズが無双するという予想だにしない事態となってしまった。
まあ、当の子猫たちは「遊んで!」という調子で気ままに走り回っていただけで、それを見た連中が勝手に恐慌に陥って逃げ惑った挙句に体力を使い果たしてぶっ倒れただけの話なのだけれど。
ボクや他の子たちに至っては、他所へと逃亡しないように彼らの周囲をぐるりと取り囲んでいるだけの簡単なお仕事でした。
後で不完全燃焼だった子たちのストレス解消のために付き合うことになった運動の方がよっぽどハードだったよ……。
スタミナ切れでダウンした人たちはアコの迷宮へとご招待です。こちらは前回と同様だわね。悪い人はどんどんしまっちゃいましょう。
証拠隠滅、もといお片付けが終わったところで当初の予定通り図書館へ。
捕まえた連中の引き渡し?そんなものは後回しだよ。今のボクにはどこの誰がキューズに繋がっているのかを知る術がないからね。
しかるべきところに引き渡したつもりが開放することになっていた、なんてことになってはシャレにならない。
さすがにジェミニ侯爵や大公様とその側近の方々は味方だとは思うが、そこから範囲を広げた先となると真偽のほどは分からない、というのが現状だ。
信頼できる人たちに全てを取り仕切ってもらうことはできない以上、身動きができない状態で手元に置いておく方が安全だと判断したという訳。
また、情報についても可能な限り自分で得るようにすべきだろう。ライレンティアちゃんたちにそのつもりがなくても、彼女たちに報せた誰かの思惑が入り込んでくる余地があるためだ。親切や好意を装って毒を仕込んでくるのは悪者の常套手段の一つだからねえ。
で、あちこちの書棚をめぐりながら何冊もの本を調べることおよそ一時間。ついに重要なヒントになりえそうな一節を発見した。
それが記されていたのは『水卿公国アキューエリオス』の歴史、それも最初期の建国に伴う半ばおとぎ話じみた部分だった。
「えーと、『蒼穹に在りし尊き方々より我らは水の恵み豊かなこの土地を賜る。門の管理を巫女の血筋の者たちに委ねて我らは東の地にて都を開いた』ね……」
要するに、お空にぷかぷか浮かんでいる空飛ぶ島にいた『大陸統一国家』のお偉いさんたちから『水卿公国』を興すことを認められた、ということらしいです。
だけどあそこの人たちは死霊になってまでもアンクゥワー大陸の支配にこだわっているくらいだ。どちらかというと勝手に独立したという方が本当のところのような気がする。
門、多分これが転移装置のことだと思われるのだけれど、そこから離れた場所に都を開いたのも、浮遊島からの攻撃を恐れてのことだったのかもしれない。
国の興りはまあ、それはそれとしまして。注目すべきは門の管理をゆだねられたという巫女の血筋だ。
巫女という言葉から連想するものの一つに、「清らかな乙女」というものがあると思う。そしてこの国にはそれに合致する場所が存在していた。
そう、ジーナちゃんの生まれ故郷であり乙女座の名前を冠するヴァルゴ領だ。
こじつけ?リアルであればそうかもしれないけれど、ここはゲームの世界なのだからそんなものさ。
推理もののお話でも犯人は絶対に登場人物の中に居るものでしょう。それと同じだよ。
「キューズの研究ノートによれば、ヴァルゴ領の遺跡は領都の外れ、ウィスシーの畔にあるのだったっけ。分かりやすくていいね」
もっとも、ヴァルゴ領自体が領都を一回り大きくした広さしかないのだけれど。
隣り合っているレオ領やリーブラ領に比べるとはるかに小さいのだ。実はこれ、『水卿公国』では異例中の異例だったりします。
それというのも、残る『十一臣』と大公家が所有する土地の面積は、ほぼほぼ同じになるよう線引きされているからだ。
「『十一臣』は建国時に多大な成果を挙げた者たちが当時の大公に取り上げられたっていう話だったけど、ヴァルゴ侯爵家だけは成り立ちからして異なっていたのかもね」
転移装置を管理して、さらには浮遊島から死霊どもがやって来ないように監視することこそが、彼らに与えられた使命だったのだろう。
今ではすっかり忘れ去られている可能性が大だけれど。それとも侯爵家の直系だけにひっそりと伝わっている、とかそういうパターンなのだろうか。
「首都アクエリオスから見ると、ヴァルゴ領はちょうどウィスシーの反対側にあるのよね。でも湖上交通が盛んだから、悪天候にさえ当たらなければおおよそ一日で到着できるのだっけ」
キューズが行方をくらませたのは昨日のことだ。直通で向かったのであればそろそろ到着していてもおかしくないが、恐らくは北のサジタリウス領へと向かったはず。
本人がどう思っているのは不明だが、タカ派を隠れ蓑にしていたのだから完全に無視するようなことはできないだろう。
「顔を見せなくちゃいけない相手もいるだろうし、そこでも多少は時間を取られることになるはず。……うん。これは先んじて遺跡を攻略できるチャンスかもしれないよ!」
そうと決まればのんびりしてはいられない。はやる心を抑えて図書館を出ると、ミルファたちパーティーメンバーと合流するためジェミニ侯爵の屋敷に向かって走る。
令嬢らしくない?戻ってくるつもりもないので問題なしです。
ライレンティアちゃんとジーナちゃんにお別れの挨拶もできないのは残念だが、縁があればまたいつかどこかで会うこともあるでしょう。
屋敷に辿り着くと、ミルファたちは庭の片隅にある東屋で優雅にお茶をしていた。
座敷童ちゃんも一緒だったので、マナー講習も兼ねていたのかもしれない。
「ミルファ!ネイト!急いで準備して!すぐにでも出発するよ!」
「リュカリュカ!?……その様子ですと何か分かったのですわね?」
「うん。詳しいことは道々で説明するよ」
ミルファと話している間にも、ネイトは座敷童ちゃんを連れて席を立っていた。
ふふふ。久しぶりだったけれど、みんなとのツーカーなやり取りに思わず笑みが浮かんでしまう。
ああ、やっぱりボクは自由気ままな冒険者が性に合っている。




