755 手掛かり見つけた
実践魔法の教官、キューズはマッドでした。しかも割と倫理観とかもろもろの大事なものを投げ捨てたタイプのね。
残されていたメモや走り書きを読み解いてみれば、資料を集めていただけでなく、実際に魔物や動物を使った危ない実験なども行っていたようだ。
最後の一線を越えていなかったのも良心が働いたためではなく、今の地位を守るため、それも実験材料などが手に入りやすいからという理由なのだから始末に負えない。
敵役ということですっきりやっつけることができるように、といったゲーム的な側面もあったのだろうが、ここまでぶっ飛んだキャラ付けは勘弁して欲しかったかな……。
狂気にあてられたライレンティアちゃんとジーナちゃんは早々にダウンしてしまった。貴族令嬢として悪意や敵意には耐性があっても、こうしたある種純粋な狂気には不慣れだったのだろう。
今は二人仲良くソファでお休みになっているよ。まあ、形の良い眉が歪められていて、時折苦しそうな声が漏れ出てきているところを見るに、夢見は良くないようだけれど。
あらら。ボクたちの護衛と見張りを兼ねた兵士さんたちも青い顔をしている。ここは一旦彼らも含めて部屋から出した方がいいのかもしれない。
「き、君は平気なのか?」
ダウンした二人を医務室へと運んでもらえないかと尋ねたところ、返ってきたのはそんな言葉だった。
リアルの歴史を紐解けばキューズ教官がやっていたことなんて可愛らしく思えるくらいのヤバい人たちがいくらでもいるからね。そして携帯端末があれば、そんな人たちのやべー逸話だって簡単に調べることができちゃったりするのだ。
好奇心は猫を殺すなんていうけれど、あの時ほどその言葉の重みを感じたことはなかったよ……。
付け加えるならば、報道系のサイトや番組にアクセスすれば目を覆い耳をふさぎたくなるような凄惨な争いや事件をいくらでも知ることができてしまう。間接的な追体験であっても、耐性づくりに一役買っていたもよう。
残念なことに『事実は小説よりも奇なり』は喜劇や感動作品だけでなく悲劇にも当てはまってしまうものなのだ。
「もちろん堪えてはいますけど、色々図太くないと冒険者なんてやっていけませんから」
もっともそんなリアルの事情を話すわけにはいかないので、それっぽい言葉で煙に巻くことにする。
それに、おじいちゃんたちの話によれば本当に狂気じみたヤバい事件に鉢合わせてしまったこともあったそうなので、全くの嘘という訳でもないのです。
結局、ボクの監視のための一人以外は退室することになった。その際に誰が残るかで静かな争いになっていたことは見なかったフリをしてあげましょう。
こちらとしては全員いなくなってくれた方が、うちの子たちを呼び出して手伝ってもらうとかできてやりやすかったのだけれどね。
視点が変われば見えてくるものも変わってくるので、実は密かに期待していたのだが、そう上手くはいかないということかしらん。
まあ、彼ら以外に見えない場所からこちらを監視している者たちがいることが知れただけでも収穫だったかな。
護衛の彼らが動いていないにもかかわらず、意識をなくしているライレンティアちゃんたちを運ぶために、いつの間にか侍女さんたちが手配されていたのだ。
友好的に接してくれていたから忘れがちだけれど、ボクたちはお隣であるにもかかわらず正式な国交が開かれていない国からやって来ているのだよね。
よくよく考えてみれば警戒されてしかるべき存在なのだ。危ないあぶない。大公様たちから危険分子だと捉えられないように慎重に行動しなくては。
それにしてもこの部屋、不気味で不吉な怪しいもので一杯なんですけど……。マッドな研究をしていたせいなのか、魔物の臓器などが理科室のホルマリン漬けよろしく並べられている棚まであったよ。
さすがにパッと見ただけでは気が付かないように、奥まった位置に置かれていた上に間仕切りなどで入口付近からは視線を遮られていたけれど。
それだって来訪者に配慮したものではなく、単に研究内容が知られないようにという自分本位な理由だったみたい。
つくづくプレイヤーがやっつけることを前提としたキャラだわね。
「というか、今さらキューズの悪行の証拠をポコポコ出されてもねえ……」
タカ派に軍閥の粛清が行われる前であればまとめて処罰できたかもしれないが、既に首謀者となっている二伯爵は領地に引きこもっているし、当のキューズもまた行方をくらませている。
証拠固めには使えるだろうし重要ではあるのだろうけれど、やつの行き先や浮遊島並びに緋晶玉との繋がりを探っているボクにとっては必要と言えるものではなかったのだった。
「あれ?」
もしや別のシナリオが進行しているのではあるまいか?といった疑問すら浮かび始めた頃、どうにも奥行きがおかしい箇所があるのを発見した。
横から見た本来の奥行きに比べて、明らかに短くなっていたのだ。
「趣味悪う。それとも性格がひん曲がってるのかな」
例の魔物臓器の瓶詰が並べられている棚だったのだから、ボクに言い分にも納得をしてもらえると思う。
心を無にして瓶詰をどかして叩いてみれば、コツコツと空間がある場合特有の少し甲高い音が鳴る。予想通り二重底ならぬ二重背板となっていたようだ。
そして何かの仕掛けがある訳でもなく単にちょうどいい大きさの板をはめ込んでいただけのようで、何度か押している内に二重背板を外すことができたのだった。
まあ、魔物臓器が入った入れ物を好き好んで触ろうとする人はほとんどいないだろうからね。言ってみれば手前に置かれていた瓶詰こそが隠ぺいの仕掛けとなっていたのだろう。
……結構グロいのもあったし。
奥から出てきたのは数冊の研究ノートだった。一瞬、これまたヤバい系統の代物かと身構えたが、中を開いてみるとどうやら古代史の研究であるらしい。
あちらこちらに『大陸統一国家』や『都』といった単語が書かれているのが散見された。
「ビンゴ」
思わず小声で呟いてしまった。ようやく見つけた手掛かりらしい手掛かりに、口元が弧を描いていくのを感じる。恐らくは二伯爵の例の主張にもかかわってくるものだろう。
腰を据えてしっかりと読み込む必要がありそうだ。
どっかりと座り込んだソファには、先客だった二人の女の子たちの香りがほのかに残されていた。




