75 フットワーク軽過ぎ
「実を言うと、既に用件の半分くらいは終わっているのだ」
「それは、カツうどんを食べられたから、ということですか?」
「いや、それは別件だな。しかし、あれは美味かった。料理長たちから話を聞いたが、あれを考案したのもリュカリュカ、そなただと言っていたな。その知識、実に見事なものだ」
カツうどんの味を思い出したのか、公主様のまとう空気が若干柔らかくなる。
美味しいものは偉大だね。
「コホン。ルルグ様」
「おっと、いかんいかん。……ううむ。これほどまでに的確に我の気をそらしてくるとは。リュカリュカはなかなかの策士だな」
いやいやいやいや。勝手に危険人物認定して敵視しないでください。ボクは人畜無害な十等級冒険者でしかないですからね。もうすぐ九等級に上がれそうだけど。
「やはり直接我らが赴いて正解だったようだ。先ほどの質問といい、今の切り返しといい、報告だけでは掴みきれなかっただろう」
「そうですね。それに、このような可愛らしい子たちとも出会えました」
公主様に引き続きそう言って、公主妃様は膝の上のエッ君を撫でていた。ほんわかした雰囲気に癒されますなあ。
それにしても、リアルで従姉妹様を見慣れていなければお二人の美貌っぷりに心を奪われていたかもしれない。ありがとう、里っちゃん!今度カツうどんを作ってあげるよ。
「話がそれてしまったな。ここに来た目的というのは、リュカリュカ、そなたと直接会ってどのような人物なのか見極めるためだったのだよ」
軌道修正をした公主様の言葉になるほどと頷く。それならボクとこうして向かい合っている時点で、目的の半分は熟すことができたことになるのかも。
それにしてもどうしてわざわざボクに会いに?……なんて、ブラックドラゴンの件に決まっているよね。
彼がクンビーラの守護竜となるためには公主様との話し合いは不可欠であり、その場にボクも立ち会うように騎士さんから言われていたし。
恐らくはその時のためにあらかじめボクのことを探りに来た、ということなのだろう。
「そなたはブラックドラゴンに勝負を挑んでは見事に打ち勝ち、従えるという歴史を紐解いても稀に見るような偉業を成し遂げた者だからな」
やっぱりね。
「ですが、私たちがあなたに関心を抱いたのはその後の事があったからです」
その後の事?
公主妃様の台詞にボクの頭の中では???が縦横無尽に飛び回ることになった。
「そんな偉業を成し遂げておきながら、あなたは驕ることもなければ自慢することもありませんでした。それどころか逆に、増長していた他の冒険者たちを窘めていますね」
「結果には満足していますけれど、やり方としてはだまし討ちみたいなものでしたから、誇る気にはなれません。それに危険もかえりみずにブラックドラゴンに立ち向かったのはエッ君です。褒めるのであれば、その子のことを誉めてあげてください」
ボクの言葉に彼女のエッ君を撫でるスピードが二倍速になっていた。さらに背後にいる二人の騎士さんたちからも「ほお」という感嘆の声が上がる。
ふっふっふ。うちの子は偉いでしょう!
リーヴも先輩が活躍していたことが嬉しいのか、いつも以上に背筋が伸びているようにも見えた。
ちなみに、冒険者協会での騒ぎについてはネットで調べてみた限り、どうも必ず発生するテンプレイベントが形を変えたものだったようで、その内容や展開はあらかじめ決められていた――まあ、あまりにも極端な行動を取ると、イベント自体が破綻して独自のグダグダ展開となるそうだけど――ものだったらしい。
なので、そのことを持ち出されても困るというのが本心です。
「そういう態度だからこそ、我々もそなたに興味を持ったのだ。しかもその後も怪しい男の捕縛と、それに伴う街の周囲のブレードラビットの減少の回復。商業組合が主導で行い始めた屋台の認可制にもそなたが関わっていると聞く。そして何よりも素晴らしいのはうどんという新たな食べ物を考案したことだ。これは美味い!今までにもあった料理に取り込んでも良いし、カツうどんのような新たな食べ方をするのも良い。全くもって素晴らしい限りだ!」
公主様、ちょっとうどんにはまり過ぎじゃないですか!?
まあ、リアルの方でも未だにうどんツアーとかうどん屋さん巡りとかをやっている人たちもいるから、それほどおかしくはないのだけど……。
なんだか『OAW』の剣と魔法で中世西洋風な世界観をぶっ壊してしまった気分だよ。
「あれ?他の店でうどんの販売が始まったのはつい先日のことなのに、どうして公主様は色々な食べ方があると知っているんですか?」
「それはもちろん、何度もこの『猟犬のあくび亭』へ食べに来ているからだ。折悪くリュカリュカと出会ったことはなかったがな」
「はいー!?」
バッと音がしそうな勢いで振り返ると、女将さんも料理長さんも困った顔で頷いていた。
一番のお偉いさんがこんな下町の宿屋に出入りしているとか、バレたら大事ですよ!?
「ルルグ様ったら、私にも内緒で通っていたそうなのですよ。酷いと思いませんか」
公主妃様、そういう問題じゃないです。
頬っぺた膨らませてもダメですよ。可愛いけど。
「まあ、それ以前に我はギルウッドがミシェルと一緒になってこの店を継いだ時からの常連だからな」
「公主様が常連!?」
再びバッと以下略。街のトップが足しげく通うとかどういう関係なの?
「というかギルウッドとミシェルって誰!?」
「何を言っている、あの二人のことに決まっているだろう」
と、公主様が指し示したはカウンターの向こうにいる二人だった。
「へー。料理長さんと女将さんってギルウッドとミシェルという名前だったんですね」
「ちょ、ちょっと、リュカリュカ!気にするところはそこじゃないさね!?」
「えー、だって二人の名前を初めて聞いたんですもん。てっきりオカーミさんとリョーリ・チョーさんだと思ってました」
「そんな訳あるか!?」
うん。夫婦そろってナイスな突っ込みでした。くるりと体を正面に戻すと、呆気にとられた公主ご夫妻の姿が。
咄嗟の思い付きだったけど、女将さんたちの絶妙な合いの手のお陰で上手く会話の主導権をこちらに引き寄せることができるかもしれない。
「それで、ボクは後ろの二人のお眼鏡にもかないましたか?」
ニッコリと笑顔でそう尋ねると、虚を突かれたのか公主夫妻だけでなく背後に立っていた二人からも息をのむ音が聞こえてきたのだった。




