748 仕込みの正体
集められたタカ派高位貴族の子どもたちの内、ジャグ公子たちが取り込んでも問題ない人物かどうかを判別するための最終兵器、それこそがあの子猫たちだった。
ストレイキャッツは対応を誤ればいともたやすく村や町を滅ぼしてしまえる。ジェミニ侯爵や大公様も「下手を打っていれば国が傾いていた」と言っていたくらいだ。
あの一件のことを知っていたということは、国に対する反逆心を持っていると見做されてもおかしくはなく、取り込めるかどうかを判別する指標としてはもってこいだという訳。
さすがにこの状況では黙っていることも誤魔化すこともできないので、タカ派が魔物を操る薬を使ってストレイキャッツをジェミニ領へと誘導していた点のみ事前に皆には伝えておいた。
さすがにテイムしてうちの子になっていることは秘密のままだけれど、トウィン兄さまは何かに気が付いてしまったようで、微妙に顔を青ざめさせていたのだった。ごめんね。内緒にすると決めたのは侯爵様だから、恨み言はそちらへお願いします。
さて、いつまでも入口間際で硬直されていては後がつかえてしまう。
さっさと奥へと進んでもらいましょうか。
「先日生まれたばかりの子猫たちですね。里親を探しているとのことでしたので、お預かりしてきたのです」
里親探しを兼ねているのは本当で、既にライレンティアちゃんとジーナちゃんの家に一匹ずつ貰われていくことが決定していたりします。
即決だったとだけ記しておくよ。
「あの、もしや子猫に嫌な思い出がありでしょうか?」
「い、いや!そのようなことはないぞ」
例えばストレイキャッツとか、と続けたくなるのを飲み込んで男子学園生へと判事を促すと、一応は否定の言葉を口にしたのだった。
が、しどろもどろなその態度から、あの一件のことを知っているのは明白だった。
「お席へご案内します」
「う、うむ!」
今さら威厳を出そうとしても遅いよ。白々しいどころか、あれだけの狼狽をさらした後だけに滑稽ですらある。
まあ、兄さまたちの緊張をほぐすことには役立ったようだから良しとしておきますか。
ああ、もちろん彼は取り込み不可の不合格となる後列の席へとご案内です。
その後も次々とやって来る子たちを、子猫を見た反応でより分けていく。最終的に集まった十二人の内、男子三人と女子一人の計四人がストレイキャッツの件を知っていたことが判明したのだった。
意外なことに彼女は魔改造ドレス集団の一員ではなかったのだが、テニーレ嬢たちから距離を取っていたかと言えばそうではなく。
後ほど知ったことだけれど、無関係を装いながらも裏ではジーナちゃんやボク、他の学園生に対する嫌がらせを考案してはテニーレ嬢一派に実行させていたのだそうだ。
さらには算術の教官などとも繋がっていたようで、大人たちと学園生の連絡役なども務めていたらしい。
話題に上ったのでついでに言及しておくと、テニーレ嬢と取り巻きの魔改造ドレス集団は、一応取り込み可能な方へと分別されていた。
まあ、「秘密だぞ」と言われても黙っていられるような性格ではないだろうからねえ。
多分、タカ派陣営でも『絶対に知らせてはいけない人物リスト』の最上位に位置していたと思うよ。そういう訳でこの子たちに関しては、ここまでは予想通りとなる。
とはいえ、今はまだ最低条件をクリアできただけという段階だからね。この後がどうなるかはまだまだ未知数だ。
対して、男三人の方は特筆しなくてはいけないことは何もない……、いや、一人だけ何かおかしい気がする。
しかし、〔鑑定〕してみても学園生らしい低いレベルが表示されるだけだった。
もしも大公様たちとの極秘の謁見を行っていなければ、もしも学園内での襲撃を受けていなければ、「考え過ぎだったのかな?」と疑問に感じながらも気を緩めていたことだろう。
だけどボクは知っています。
姿形を別人のものと入れ替える魔道具があることを。
そして〔鑑定〕の結果を偽ることができる何かが存在していることを。
派遣されてきた人たちに目配せをして、講堂の奥寄りへと立ち位置を調整してもらう。
すると、怪しんでいた男がいきなり動き出した!
やられた!
暴力に頼ろうとするやからが出てくる可能性は考えていたけれど、それはジャグ公子たちが話を始めてからだとばかりに思っていた。
まさか行動を制限されていると感じた瞬間に動き出すだなんて!
「あの女を捕まえるのよ!人質にすれば有利に交渉することができるようになるわ!」
唯一の制服姿の女学園性が叫ぶと、残る二人の男子たちも自分たちに後がないと察したのか、慌てて立ち上がってこちらへと体を向けた。
その頃にはもう、最初に動き出した不審者君はボクの間近にまで迫っていたのだが……、その顔に浮かんでいたのは困惑だった。
まあ、そうなっても仕方がないかな。何せボクはといえば驚くでもなければ恐怖する訳でもなく、ニンマリと微笑んでいたのだから。
「せえ、のっ!」
男から逃げるどころか反対に走り寄ると、あちらが懐から凶器を抜き放つよりも早くアイテムボックスから牙龍槌杖を取り出してフルスイングする。
「ゴバッ!?」
通常のハルバードに比べれば柄の長さが短いとはいえ、暗殺や奇襲用の暗器とはリーチが違う。
横っ腹に鈍器部分を埋め込まれた男は、強制的に運動エネルギーの向きを変更させられて、直角に曲がるように吹っ飛んでいった。
「は……?え?」
「残念だったね。こんなに早く動かれるのは予想外だったけれど、ボクが狙われるだろうことは想定済みだったのよ」
一瞬で返り討ちという一方的な展開に呆然とする連中に向かって、牙龍槌杖を肩に担ぎながら不敵にそう言い切ってやる。
そう。ボクが一人で入口側に突っ立っていたのは、囮の役目もあったからなのです!
……本音を言えば敵の攻撃を分散させられる効果があればいいという程度で、ここまで上手くいくとは思っていなかったのだけれどね。
どうやらボクが襲撃者を退けたことは知らず、強いと言っても学園生レベルではの話だと思い込んでいたようだ。
情報の収集と吟味の不足が彼らの敗因だと言える。
「力で支配しようとしたからには、当然失敗した時はどうなるかの覚悟はあったのでしょうね」
冷ややかな声で言いながら、懲りずに騒ぎを起こそうとしたおバカたちにカツカツと足音を立てながらと歩み寄っていく。
「い、いや……」
「ちょっと待って……」
「言い訳はいらない。公子殿下の最後の慈悲を蹴り捨てた愚か者たちを取り押さえなさい」
見苦しくしゃべろうとしているのを一言の下に切り捨てて指示を出す。
バタンと大きな音を立てて扉が開かれると、ぞろぞろと完全武装の人たちが入り込んできて、四人の身柄を拘束していくのだった。




