747 用意できる選択肢
取り込み可能なタカ派高位貴族の子どもたちの判別は絶対に行わなくてはいけないことだけれど、それでも最低条件でしかない。
無理矢理従わされたと曲解することがないように、彼ら彼女たちにはいくつかある選択肢の中から自らの意思で選び取らせなくてはいけない。
おんぶに抱っこのお荷物では意味がないのだ。
とはいえ、選択肢の数は多くはない。責任の所在を明らかにしてそれを償ったと公表するためには、その家名を捨て去ることが必須となる。
つまり、貴族ではなく一個人として出直すという形にしなくてはいけない訳だね。
幸いにも彼らにはポートル学園の学園生という肩書がある。公子たちの庇護下に入れば、最も短い者でも一年足らずの時間は学園で過ごすことができる。
しかし、これまでのように時間を無駄にするような真似は許されない。貴族ではなくなった以上それなりの成績が求められるようになるから、途中で強制卒業アンド放逐となることだってあり得るだろうね。
もちろん庇護を受けずにポートル学園から離れても構わない。本人の才覚次第ではここから成り上がることだってできるはずだ。
将来、『派閥抗争に敗北した元貴族の長男だけど、自由に生きて成り上がります。~有能だと気付かれて国が招集しようとしてくるけどもう遅い~』とラノベのタイトルのような自著伝を出版できるような、波乱万丈の人生を歩む逸材もいたりしてね。
まあ、ほとんどは上げ膳下げ善が当たり前の生活で、自分の着替えすら一人では碌にできなかったような子たちばかりだ。
ほぼほぼ全員が公子たちに取り込まれることを望むことだろう。
そして、実はもう一つだけ彼らには選択肢が存在している。
親に従い、家に従い処刑されるという道だ。
この一連の展開が温情そのものだから、これを選んだが最後、後はもう死ぬのを待つばかりとなる。
できればこれだけは選んで欲しくはないのだけれど、貴族位のはく奪によって自暴自棄になったり、プライドをこじらせて従属することに拒否反応を示したりする子たちがいないとは限らないのが不安なところだ。
さて、その後の話し合いでジャグ公子たちは、これらの選択肢を突き付けて身の振り方を決めさせるため該当する学園生たちを一堂に集めることを決定する。
その当日までの間、ボクは仕込みのために奔走することになってしまった。
自分で言いだしたこととはいえ、ゲームの中でまであくせく動き回らなくてはいけないとは……。思わず遠い目をしてしまったよ。
一方で、噂の方は想定通りの効果を示して数名の男子学園生がジャグ公子に接触してきたのだそうだ。
中には「全てお話しますので、これからもお引き立てください」と言い放った面の皮が厚いおバカもいたのだとか。
いやはや、よくあの公子様がブチキレなかったものだわ。いや、後でその話をしていた時には随分と荒れていたらしいので、その時は唖然としてしまって怒る気力も失せていただけのかもしれない。
しかしながら感情に任せて激高していれば計画が失敗することになった可能性すらある。
当人もライレンティアちゃんのフォローですぐに落ち着いたようだし、結果オーライというやつかしらね。
「私はただ「よく我慢なさりましたね。素晴らしいです」と言って褒めて差し上げただけですわ」
と微笑みながら語ったのは言わずと知れたライレンティアちゃんです。
この場合、操縦が巧みになった彼女を褒めるべきなのか、それとも上手く扱われている公子を嘆くべきなのか、どちらが正解なのでしょうかね?
忙しく動き回っている内にも時間は過ぎ去っていき、ついにえっくすでい当日が訪れる。
その間にリアルの方では学年末の試験なども行われたのだけれど、特に問題も起きなければ劇的なイベントも発生しなかったので華麗にスルー。
そもそもボクが通っている高校では、学年末試験は進級後のクラス分けにしか影響しないのだ。だからこれまでの通年での試験の成績がよほど悪い学生でもなければ、焦るようなものではないのですよ。
話を『OAW』の方へ戻しまして。件の学園生たちが集められることになったのはポートル学園の講堂だった。
普段は使用されることがないので人目が少ない上に、式典などが行われる場所なので広さ的にも申し分ない。
まあ、集まる人数からすれば明らかに広すぎるのだけれど、暴れ出す者が出ないとも限らないからね。
既に奥の方にトウィン兄さまたち生徒会役員とライレンティアちゃんとジーナちゃんが並んで椅子に座っている。そんな彼らの前には、いざという時の障害物になるようにと少々場違いに感じられる重厚な長机が置かれていた。
やれやれ。仕込みの関係で腕に覚えのある人たちを城から何人か派遣してもらって配置しているというのに、過保護な保護者たちがいたものだ。
そんなボクはといえば、逃げ出す人がいないように入口付近で待機です。
ちなみにボクとジーナちゃんは、算術の教官というタカ派に所属していた人物から被害を受けた、というちょっとよく分からない枠でこの場に居たりします。
もう少しそれらしい理由付けはなかったのかしら……。
ため息を吐きそうになったところで、入口の扉が小さく開かれる。
「来られました」
「中へお通ししてください。席への案内は仕込みへの反応を見て手はず通りに」
顔を出したのは受付を買って出てくれていた男性だ。そんな彼と講堂内で学園生を誘導する係をしてくれる人たちに指示を出す。
「了解しました。……どうぞ中へ」
兄さまたちと向かい合うようにして並べられている椅子は、判別が一目瞭然となるように前後の二列に分けられていた。
はてさて、一体何人が取り込み不可となるかな。
「ふん!……んがっ!?」
最初に入ってきたのは男子学園生だった。見覚えがないので一年かもしくは三年ということになるのだろう。
案内の言葉に鼻を鳴らすという明らかにボクたちを見下した態度を取っていたのだが、行動内のある一点へと顔を向けた瞬間、おかしな声を出して硬直してしまう。
その視線の先にあったのは……、数匹の可愛らしい子猫たちの姿だった。うちの子たちではもちろんなく、とある貴族家で半月ほど前に生まれた子猫たちである。
「どうかなされましたか?」
「な、あ、あれ……、は?」
うわーお。これ以上ないくらいの挙動不審っぷりだことで。
これは一発目からアウトかな。




