746 受け入れ可能なライン
「やれやれ、まさしく試験だね。ジャグ公子を筆頭にして私たちに次代を率いていけるだけの力が備わっているかが試されるということか」
最初に理解を示したのは兄さまだった。年長ということに加えて、ジェミニ侯爵から次期侯爵としての心構えなどを教わっていたからだろう。
あれでいて侯爵様も家族には甘いところがあるのよねえ。
「会長、どういうことなんだ?さっぱり分からん!」
「ローガー、理解できないことを放置せずに尋ねることは大事だけど、他人に頼りきりになるのは問題だよ。的外れでも構わないから、まずは自分なりの答えを見つけられるように努力することだ」
「う……。ぜ、善処します」
ミニスやスチュアートには注意され慣れてしまっているローガーでも、兄さまからのお小言は効果があったらしい。ばつの悪そうな顔になると、腕を組んでうんうんとうなり始めたのだった。
その間にボクたちは頭を突き合わせて答え合わせというか意見の統一を図っておく。
「スコルピオス卿たちの行為が国に損害を与えていることを知りながら、それを報告することもなく家の方針に従っていた者がいる、と?」
「はい。同じ派閥に属していると言っても、強固な一枚岩ではありません。中には全てを教えていた家もあるはずです」
ジャグ公子の予想にボクの考えを付け加えていく。下級貴族の女子学園生たちがボクたちの味方に回ってくれた一方で、悪事の全てを知った上でこちらにすり寄って来ていた者もいると思う。
ただし、そんな連中であっても中核二伯爵の自領での引きこもりは予想外の事態だっただろう。
「要は、取り込む相手はしっかりと見極めろ、ということですわね」
さすがはライレンティアちゃん、理解が早くて助かる。この選別が第一の試験ということになるのではないかな。
なるべく多くを掬い上げてやりたいところだが、獅子身中の虫となりそうなやからを飼ってやる義理はないしそんな余裕もない。
まあ、命だけは助けられるように立ち回るつもりではいますけれどね。そこから先は本人の才覚と努力次第ということで。
そもそも、取り込む連中ですら現在の身分は放棄させることになるだろうから、ある意味平等な扱いと言えるかもしれない。
「試験という意味と、何を求められているのかは分かりました。……でも、どうやってより分ければいいんでしょうか?各貴族気の動向を調査できるだけの伝手はありませんよ?」
スチュアートから質問が上がったところで、横目でこっそりとジャグ公子の様子をうかがってみたのだが、難しい顔で考え込んでいるだけだった。
うーん……。これは与えられていないのか、それとも知らされていないのか判断に迷うところだなあ。公子あたりにならそれができるだけの人材が預けられていてもおかしくはないかと思ったのだけれどね。
ライレンティアちゃんにトウィン兄さま、そしてミニスと三人の顔を次々に見回していくが、それぞれ首を横に振るだけだった。
「監視役として陰から見ている者はいるだろうけれど、立場的には父上の直下となるため私が自由に采配できる相手ではないね。皆も同じようなものだろう」
トウィン兄さまが言うと、ジーナちゃんと未だに知恵熱を出しそうになりながら考え込んでいるローガーを除いた全員が頷いていた。
余談ですが、怪我をさせられて以降のジーナちゃんには、ジェミニ侯爵家から派遣された優秀な影が見守っているそうです。「近い未来に義理の娘となる相手なのだから当たり前」と侯爵様と夫人が素敵な笑顔で話してくれたので間違いないです。
「調査することができないなら、逆にあちらから動くように仕向けましょうか」
今なら切り捨てられたと焦っている可能性が高い。少しの後押しでも保身に走ろうとする者もいるのではないだろうか。
「まず、ジャグ公子とライレンティア様にはあえて一人っきりで居る時間を作ってもらいます。公子殿下は校舎内の点検、ライレンティア様はお茶会に使える場所を探すため中庭などの散策をしている、ということにしましょうか。その噂を流せば、食いついてくる人もいると思います」
思い浮かんだ案を披露すると、目を丸くしたり、あんぐりと口を開けたりしてそれぞれに驚いている様子。それほどのことかしら?「押してダメなら引いてみな」を形にしてみただけなのだけれどねえ。
里っちゃんであればさらなる飴と鞭――例えば期限を設けたり、今なら罪に問われないと明言したり――を用意して確実性を増すはずだ。
「う、うむ。確かにそのやり方なら白状する者もいるだろうな。……だが、誰かを告発するようなやからも出てくるのではないか?そちらの対応はどうする?」
ミニスが言っているのは「誰々が怪しい」とか「不審な態度のやつがいる」と告げ口してくるパターンだね。
「基本的には受け入れておけばいいと思います。本心からこちらを案じていたり、告発した相手のことを心配したりしている、という方もいるでしょうから」
まあ、大半は好印象を与えて先々に有利となるよう、誰かを生贄にするつもりなのだろうけれど。
「劣勢になった途端に身をひるがえすような人は、再び状況が悪くなれば同じことをする可能性があります。要注意人物として警戒され、見張られても仕方がないでしょうね」
「重用できなかった時の理由としても使えそうだな」
周囲から疑いの目で見られているだろうことは、本人たちが一番よく理解することになるだろうからね。他人を犠牲にして上手くやったと思い込むような人には茨の道となるだろう。
「この目論見が上手くいかなくても、排除すべき相手を判別するための当てはありますので、そこのところは私に任せてください」
「リュカリュカ様に任せるのは構いませんが、その方法を聞かせていただくことはできませんの?」
「はい。皆様を信用していない訳ではないのですが、それをするには根回しをしたり許可を得たりする必要があるのです。その都合上、詳しいことをお話しすることはできません」
「父上の許可がいるということだね。……分かった。リュカリュカがやろうとしていることは保険だと思って、私たちは自分たちでできことをやっていくことにするよ」
兄さま、ナイスフォローです。もっとも許可を得る相手はさらに上の地位にいるお方になるのですがね。
そうしてボクたちは次の問題へと話題を進める……、その前にローガーの回答を聞くことになるのだが……。それはとんでもない明後日の方向にぶっ飛んだものだった。
結局復習がてら、全員でしっかりと試験の意味とこれからの対応方針について教え込むことになりましたとさ。




