745 試されている?
一旦整理してみようか。
まず、ポートル学園内でボクやジーナちゃんが襲われた事件。これ自体は――実行犯たちが口を割った――首謀者である算術の教官の独断――こちらはそれ以外のことは頑として話そうとはしなかった――によるものとして処理された。
が、これに付随するように番兵や守備隊の者が時に恣意的に学園の警備を緩めていた、などの問題行動があったことが発覚。貴族の子弟を始め将来の優秀な人材を危険にさらした罪は重いとして処罰が行われることになる。
しかもこの流れはそこだけで終わることなく軍部や武官全体へと広がり、不正や違反を行っていた者たちが次々と処罰されたり粛清されたりしていった。
こう書くとボクたちの一件から波及していったようだが、大半の事例は既に大公様主導による調査が完了しており、後は効果的な告発が行えるように時機を待つばかりという状態になっていたのだとか。
ポートル学園での不正という、ある意味公国全体に影響が及ぶ事件は、あちらにとっても渡りに船だったという訳だね。
そしてこの粛清劇は管理不足という形で軍部を取りまとめていたタカ派貴族たちにも及ぶ。
まあ、この時点でもタカ派貴族たちがかかわっていた悪事の証拠がいくつか見つかっていたらしいので、単に罪状を公にしていなかっただけとも言えるね。
貴族は面子第一なところがあるから、大事にされたくない一心で渋々従ったという連中も少なくなかったと思われます。
そうした部分も影響していたのだろうね。テニーレ嬢の公子妃候補はく奪という劣勢どころか敗北が決定的な盤面となってなお、タカ派上位貴族の子どもたちは自分たちの立ち位置や態度を変えようとはしなかった。
まあ、多少は大人しくなってはいたけれど。
今から考えればジャグ公子に簡単に従ったのも、逆に自分たちの側に取り込んで傀儡にでもしてやろうと虎視眈々と狙っていたためかもしれない。
もっとも彼自身それなりには成長しているし、ローガーが目を光らせていたりもした。
さらに言えば公子やその周囲に対する城からの監視は以前と比べ物にならないくらい厳しくなっているはずだ。彼らの思惑が実現した可能性は限りなく低い気がするよ。
このように冷静になって考えてみれば、多少上手くいかない、思い通りにならないことがあったとしても、慌てて解決を急がなくてはいけないような事態ではなかったのだ。
ところが、若さゆえの過ちと言いますか思春期にありがちな全能感と言いますか、要するに功を焦ってしまったのだろう。
ここにきてなおタカ派には盤面を引っ繰り返す秘策があるのではないかと疑い、すぐにでも自分たちだけで何とかしないといけないと強迫観念に駆られてしまった。
しかも間の悪いことに、この時のボクはあちこちで迷惑を掛けられたローブの人物と、彼らが執着していた緋晶玉のことを思い浮かべてしまった。
天然の畜魔石である緋晶玉は取り扱い方次第では危険な武器にもなる。もしも密かに保管されていては大変だとジェミニ侯爵たちに調査をお願いしたのだが……。
まさかタカ派首魁貴族たちの悪事を暴くダメ押しになってしまうとは。
しかも、さすがに今回は隠し通すことができないと判断した大公様が当事者たちを呼びつけたのも予想外の事態だったし、サジタリウスとスコルピオスの二者がそれに反抗して領地に閉じこもってしまったことも想定外の展開だった。
国家元首である大公の命令に背いているのだ、いつサジタリウスとスコルピオスに反乱の意思があると判断されて討伐の命令が下されてもおかしくはない。
そして一度決定してしまえばもう、取り消すことはできなくなる。
そうなれば当然、ポートル学園に通うため首都に滞在している子どもたちを助けることもできなくなる。大公様たちもそのことは理解しているのだろうね、未だに派兵などの軍事行動を起こしていないのがその証拠のように感じられた。
あれ?
だとすればジャグ公子に語った言葉との間に整合性が取れなくなるのでは?
彼は確か大公様より、タカ派高位貴族の子どもは信用することができない、と言われたのだよね。それならば極端な話、子どもたちの命を惜しむ必要はないのではないだろうか。
既に軍部の人間などの粛清が行われている以上、サジタリウスとスコルピオスをこのまま放置しておくことはあり得ない。
何かと特別扱いされる『十一臣』だが、それはあくまでの大公家の配下という枠組みの中でのことになり、見逃すということはその枠組みの意味さえ失ってしまうことに繋がるからだ。
国主としての立場を明確にする上でも二者とそれに連なる者の処罰は絶対に為さなくてはいけない。
それにもかかわらず、まだ具体的な動きはない。それは、ジャグ公子たちのために猶予を与えてくれているからではないだろうか。
「なるほど。つまりこれは、大公様たちから課せられた試験だと考えることができそうです」
「試験だと?」
「はい。タカ派貴族の子息や令嬢をどのようにして配下につけるのか、それを試されているのだと思います」
「命を救われた」というのは分かりやすい恩だからね。上手くいけばジャグ公子にとって忠実で身を惜しまない駒とすることもできるだろう。
仮にダメだったとしても、見せしめとして処刑するという利用方法が残っている。大人たちからしてみればどちらに転んだとしても損も害もないと判断されたのではないかな。
そういった予想をオブラートに包んだ表現で伝えていく。トウィン兄さまを含めて男どもはともかく、ライレンティアちゃんやジーナちゃんもいるからね。
大人たちのズルくてえげつない部分は控えめにしておきます。
「父上たちが信用できなくとも私が信用できるのであれば、我が国にとっては利になるということか」
ああ、ジャグ公子は大公様の言った「信用できない」という言葉を、そういう意味として理解したのか。
まあ、それも間違ってはいないけれど、別の意味があることも教えておいた方が良さそうだ。
「公子殿下、そのように捉えることもできますが、同時に言葉通りの意味も含まれていると思われますよ」
大半は学園生だからと何も教えられてていなかっただろうけれど、一部だけ知らされていたり、関与していた事件の全てを打ち明けられていたりした子どもがいないとは限らない。
恐らく、内側に取り込んでも良い者や取り込むべき者と、そうでない者の選別が最初の試験ということになるだろう。




