742 悲鳴嬌声大歓声
担当に続き役割も決まったところで、ボクたち女の子チームもついに行動を開始することになった。それに先の話し合いは数時間にも満たないものだったから、男子たちとの差はほとんどない。
わざとなのか素なのかは分からないけれど、派手に自陣営への勧誘に動いたジャグ公子とローガーのコンビが目立っていた程度だね。
ただまあ、旗印となる人物が人物であり、しかも自ら積極的に動いていたということで「何が起きているのか?」と学園生の関心を引くことになり、ミニスとスチュアートがその火消しに追われることになっていたようだけれども。
ちなみにトウィン兄さまは、
「学園内外で様々なことが起きているようだが、最終学年たる我々は既に行き先が決まっている身だ。騒ぎに便乗することなく粛々と日々を過ごすように」
と朝一の段階で担当の三年には釘を刺しておいたので、大きな問題には発展しなかったとのこと。
公子たちの行動を読んでいたのだろうが、うーん。そつがない。
もっとも、生徒会長でもある兄さまだからこそ可能な荒業でもあるのだけれどね。
副音声プラス意訳をすると「騒ぎにかかわることでせっかく決まっている就職先を没にしたいのか?こちらは息のかかった別の人間を送り込めるから構わないぞ」と言う意味にも取れますので。従わざるを得ないとなった人も少なからずいるだろうねえ。
さて、肝心の女子学園生たちですが、ボクとジーナちゃんが受け持つことになった魔改造ドレス集団以外の子たち、特に爵位の低い下級貴族や平民出身の子たちは、ボクたちが何をするでもなく既に好意的だった。
「あ!ジーナ様とリュカリュカ様ですわ!」
「まあ!お二人がご一緒だと本当に騎士様と姫君のようですわ!」
ああ、うん。頭痛が痛くなってしまいそうな言葉が聞こえてくるのが玉に瑕、かな……。
隣にいるジーナちゃんなんて、どう対応すればいいのか分からなさ過ぎて、オロオロを通り越して固まってしまっている。
これはさらなる燃料の投下になってしまうのだろうな、と思いながらもその場に残しておく訳にはいかずに彼女の手を取ると、
「きゃああああーーーーーー!!!!」
鼓膜が破壊されてしまうかと思ってしまうほどの歓声が鳴り響いたのだった。
ぐふう……。
予想していたと言えまさかここまでの音響兵器となるとは。割と本気で意識が飛ぶかと思った……。
「きゅう……」
「ジーナちゃん!?」
ボクですらもきつかったのだ、生粋お嬢様の彼女が耐えられるはずもなく。元々女子学園生たちの勢いに押され気味だったこととも相まって、ついに目を回してしまったのだった。
崩れ落ちていく体を慌てて抱きかかえると、再び、いや、先ほどを超える規模の大音量が!
この状況で繰り返しのリピートとか生命にかかわりそうなので勘弁してください!
そんな想定外の命の危機にさらされることがありつつも、派閥を問わず多くの女の子たちの関心を引き付けることができたこともあって、魔改造ドレス集団やそれに準ずる子たちへの攻撃を防ぐことができていたのだった。
しかし順調に進む物事があれば不調に終わってしまうこともある。
ライレンティアちゃんが受け持つことになった魔改造ドレス集団――と、ついでのテニーレ嬢――の意識変革だ。
「本音を申しますと、ここまで難航するとは思ってもいませんでしたわね。リュカリュカ様のあのお言葉がなければ、ショックで臥せっていたやも知れません」
生徒会室に女子チームの三人だけになったところで、ライレンティアちゃんがため息と一緒にそうこぼした。
決して大袈裟とは言い切れないのが人の心の厄介なところだ。妃教育で心を強く保つ方法も学んでいるはずなのに、それでもなお弱音が出てしまうのだから。
対して、すぐ近くにいるボクたちからすると、そうやって弱いところも表に出してもらえる方が安心するのだけれどね。全てを内に秘められてしまうと、助言も何もできなくなるもの。
それに、リアルでもよく言うでしょう。解決しようがしまいが、悩みや苦しみというものは吐き出すだけでも楽になるものだ、と。
お悩み相談は積極的に活用しましょう。あ、もちろん、信用できる筋なのかどうかをあらかじめしっかりと見定めておく必要はあるよ。
「話しかけようとしてもそそくさと逃げる。お茶会に誘っても「用がある」の一点張りですか……。接触そのものを拒否しようとしているようですね」
「それぞれの家や親から、何かしらの指示があったのでしょうか?」
ライレンティアちゃんの話を聞いて、浮かんできた疑問をジーナちゃんが口にする。
その展開は十分にあり得る。そして問題はどのような指示を受けているのかということだ。
一方で、男子たちにはそういった様子が見られないことも気になる。
ジャグ公子がタカ派男子を取りまとめようとしていることは、他ならぬ彼ら自身の口から親世代の耳に入っているだろう。だから単に男女の性差によって指示されている内容が異なっているだけという可能性もないとは言えない。
太鼓持ちばかりを周囲にはべらせることで、公子を自分たちにとって都合のいい傀儡にしようとしたのだろうあの作戦は、ボクたちが介入するまでは確かに上手くいっていた。
大公様たちですらその言動に頭を抱えていたくらいだからねえ。
失敗したと思っていたところに、今度はジャグ公子の方から近付いてきたことで、まいた種が枯れることなく芽吹いていると飛びついたのかもしれない。
しかし、今回はローガーがその背後から見ているし、何より先の一件でジャグ公子は大公様たちから相当絞られたと聞いている。
同じ轍を踏むようであれば廃嫡すら視野に入れて対処すると脅されたらしいので、タカ派貴族たちの狙い通りになることはないだろうね。
「今代では無理でも、次代のジャグ様の時に再び飛躍できるように方針を転換したのかしら?」
「それならば公子殿下やミニス様たちが彼らの手綱をしっかりと握ってしまえばいいだけのことになりますから、一件落着ということになるでしょうね」
だが、ストレイキャッツと言う劇薬――この場合は可愛らしさ方面ではなく、街や国を滅ぼしかねないという意味となります――を使用するほどぶっ飛んだ頭の連中が、そんな殊勝なことを考えるだろうか?
「リュカリュカ様は別の思惑があると考えられているのですか?」
ジーナちゃんの問いに、ボクは首を縦に振る以外の返事を持ち合わせてはいなかった。




