741 心のバランス
担当が決まったなら後は動くだけだ。と、言いたいところだけれど、他の面々に対してボクたち女の子チームは対象となる学園生の数も多いし、一番の――人の話を聞きそうにないという意味で――難敵となるだろうテニーレ嬢がいる。
時間がないとはいえ、下準備を怠るべきではないだろうね。
そんな訳で翌日の放課後、ライレンティアちゃんのお茶会のふりをして三人で作戦会議です。
ボクは当初、あれだけ好き勝手やっていても魔改造ドレス集団が離れていかないのは、それだけスコルピオス家の権勢が強かったという証拠かなと思っていた。
が、その割に算術の教官が捕らえられた事件以降も彼女たちのグループにほころびが見えている様子もない。
「愚かしい言動で台なしになってしまっておりますけれど、あれでいてテニーレ様の人望は厚いのよ」
俗にいうカリスマ性があるというやつらしい。
ライレンティアちゃんの話によると、特に側近の取り巻きは幼少期からそれを間近で見て感じてきたため、絶対服従に似た完全な上下関係を叩きこまれてしまっているのだとか。
「ああ。彼女たちが下の者へときつく当たるのはそういう理由があったのですか」
「???あの、リュカリュカ様。それはいったいどういう意味なのでしょうか?」
知ったかぶりをせずに必要だと思った時にはちゃんと質問できることは、ジーナちゃんの長所の一つだと思うな。
そして、仲間内での認識に齟齬があると、些細なズレで済んだはずのものが大きな歪みになって表れることもある。知らないとか分からないことを恥ずかしがって聞かないのは論外だし、話の腰を折ってしまうと遠慮するのも大間違いなのです。
「私もそのお考えを聞いておきたいですわ」
そう言ってライレンティアちゃんもまた便乗してくる。いや、そんな風に催促されなくても認識に齟齬以下略だからちゃんとお話ししますよ。
「あくまで私の考えであり、絶対的なものではないことをご理解ください」
それでも、そんな予防線風な前置きを入れずにはいられない小心者のリュカリュカちゃんです。
ジーナちゃんがコクリと首を縦に振ったところで説明、と言うかボクの意見を述べていく。
「人間の心というものは元来繊細なもので、特に均衡が狂うことを嫌う傾向があります。テニーレ様の側近として侍っておられる方々は幼いみぎりより彼女には勝てないという意識を植え付けられてしまっている。つまり、つまりこの時点で均衡が狂ってしまっていると言えます。それを解消しようと、彼女たちは自分よりも下の者たちへの苛烈な態度となって表れているのではないか、と推察したのです」
その際に使用された分かりやすい物差しが『身分』だった、ということだね。
「勝てない、劣っていると感じながらも、そのそばを離れることができない。だから別の誰かを見下すことで心の均衡を保とうとしている、ということでしょうか」
「はい。そうした部分が少なからずあのではないかと思います」
ちなみに、この理屈でいくと取り巻きたちの側だけでなく、テニーレ嬢の方も均衡がくるっているということになるのだけれど、それについての説明は面倒だし、ジーナちゃんもそこまでは気が付かないだろうからまたの機会に――。
「あの、でしたらテニーレ様の心も均衡が狂ってしまわれているのではありませんか?」
気が付いちゃいましたよ……。いやはや、この子ってば相当頭の回転が早くない?
子どもの頃のライレンティアちゃんが感化され、トウィン兄さまが惹かれるだけのことはあるということなのかな。
「ジーナ様のご想像通りです。私は……、テニーレ様はもう心の均衡が狂っていると思っています」
ひゅっと悲鳴じみた音を立てて息をのんだのは、ジーナちゃんとライレンティアちゃんの果たしてどちらだっただろうか。
まあ、あえて衝撃的な言い方をしたのだけれどね。
もっとも、踏み込んでしまったが最後、引き返すことができないような危険な領域ではない。むしろほんの少し周囲を見回すことができれば簡単に狂いを正せることだろう。
「たとえ誰かの意思を翻すことができなかったとしても嘆くべきではありません。ただその人が初志を貫こうとしただけのことなのですから。逆に誰かの考えを変えることができたとしても喜悦を覚えてはいけないでしょう。ただその人が機会をものにしただけなのですから」
ボクたちは神様ではないから誰も彼も救うことなんてできやしない。精々が「変われるチャンスがあるんだよ」とささやく程度だろう。
それを生かすも殺すも本人次第だということを決して忘れてはいけない、そういうことだわね。
それにしても我が麗しの従姉妹様こと里っちゃんは、こんな小難しい考えや言い回しを一体どこから仕入れてきていたのやら。
彼女が遊んでいる『笑顔』は『OAW』とは違って多くのプレイヤーと一緒になって冒険ができるものだ。ギルドメンバーにもたくさん大人の人がいたようだから、そこのあたりから教わった内容なのかもしれない。
……自分一人だけでそこまで辿り着いたという可能性も否定できないところだけれど。
リアルの天才美少女のことは一旦置いておくとしまして。
「だからこそ王を始め、最も上に立つ者は優秀な人材を身近に置こうとするのかもしれません」
「自らよりも優れている者がいると理解することで心の均衡を保つため、ですわね?」
「はい。もちろん国や組織のためという面もあるのでしょうけれど。どこも優秀な人材を遊ばせていられる余裕なんてありませんからね」
朗らかに笑いながら「それもそうですわね」と言うライレンティアちゃんとは対照的に、ジーナちゃんはどうコメントしていいものか困っているようだった。
とりあえず魔改造ドレス集団には厳しい身分差による階級があるということは理解してくれたもよう。
「リュカリュカ様の想定通りだといたしますと、テニーレ様や近しい方たちに直接話ができるのは私だけということになるかしら」
「そうですね。私は元より平民だと見下されていますし、ジーナ様でも下級貴族の娘と侮ってくるのではないでしょうか」
固執していく毎に拠り所は減っていき、いつしかすがれるものがそれだけになってしまう――それこそ、あの算術の教官のようにね――のだけれど、果たしてあの子たちは気が付いているのだろうか?
「ですが、幸か不幸か私とジーナ様はその他の女子学園生に人気があります。彼女たちと積極的に接触することで、テニーレ様たちへの攻撃が行われないようにすることは可能だと思います」
その熱量と勢いを思い出してしまったのだろう。ボクの言葉にビクッとジーナちゃんの肩が跳ねたのだった。




