737 若者は時に理想に溺れる
うーん、まずは「どうなりたいのか」や「何がしたいのか」という部分の確認からかな。そうした将来像と言うか未来図の認識にズレがあっては、どんなアドバイスや助言もトンチンカンなものになりかねない。
「スチュアート様は、どんな存在になりたいのでしょうか?」
「どんな存在、ですか?」
唐突な話題変換とも思えるボク問いかけに、スチュアートは首をひねることになった。
「はい。お父上の立場などもあるでしょうが、それらのことは一切合切除外してご自分の心の思うがままの姿を想像してみてください」
侍従長であるスチュアートの父親だけでなく、ミニスとローガーの父親もそれぞれ宰相と近衛騎士団長という『水卿公国アキューエリオス』の重鎮であり、同時に大公様の側近中の側近でもある。
ついでに大公様的には気の置けない本音で語り合える貴重な相手だと認識している節がある。
つまりは代えの効かない存在ということで、ジャグ公子にもそういった仲間を作ってやろうという大人たちの意図が見え隠れしていた。
よって、簡単にそうなる未来からは逃れられるものではないのだろう。が、異なる将来を想像してみることは決して悪いことではないと思う。
時に俯瞰して見たり第三者的な視点に立ったりすることで見えてくる事柄や事象というものだってあるはずですから。
気が付けば年下の少年にならうようにローガーとミニスも目を閉じて色々思い浮かべていたのだけれど……。
いやいや、君たちは現状にもその先にも不満を感じてはいないでしょうに。想像してみたところで別の未来を描くことは難しいのではないかな。
まあ、別にスチュアートの方も、敷かれたレールの上を走ることが嫌になっているという訳ではないのだろうけれどね。
彼が本当に欲していると思われるもの、それは分かりやすく目に見えやすい形での『強さ』というものではないだろうか。
要するにですね、この子は心の奥底でローガーとミニスに嫉妬しているのだ。ジーナちゃんが怪我を負わされた一件で、一人だけ役立たずだった――これも本人の思い込みでしかないのですが――ことで、それが表面化してきたと推測されます。
ジャグ公子の側近候補という似通った立ち位置にいるにもかかわらず、ローガーはその体力や筋力、ミニスは知力でもって学園でもトップクラスの成績を残している。
もっとも、その分苦手とする方面は及第点ギリギリという有様だったのですが。
それはともかく対してスチュアートはと言えば、極端に苦手なものはなくどれもこれも平均以上をたたき出していたのだが、その分、これといった得意な項目がないという状況だった。
先の情報収集やその分析といった能力は十分に得意分野と言えるものではあるのだが、残念ながらポートル学園での授業で教えられるようなものではない。
加えて、諜報活動には裏方っぽいイメージが付いて回るためか、今いち自分がやったことの重要性などを理解しきれていないようだわね。
国の命運を背負って密かに暗躍するとか、なかなかにカッコイイと思うのだけれどね。
しかし貴族は目立ってなんぼの部分があるから、名前が表に出ないような活動を敬遠する傾向にあるのは仕方がないことなのかもしれないです。
「さて、どんな未来が思い浮かびましたか?」
「……父のように城内の様々なことを采配している、そんな姿しか見つけることができませんでした」
落ち込んだように言うスチュアートだったが、高校生活ももうすぐ一年目が終わりを迎えようとしているのに、明確な将来のビジョンの片鱗すら描けないボクからすれば、十分に立派なことだと思うけれどね。
「そこにいたあなたは辛そうでしたか?それとも生き生きとしていましたか?」
どんなに他者から羨まれることでも、無理矢理に嫌々やらされていては苦痛でしかない。
「多分生き生きしていた、と思います。少なくとも辛くはなかった」
ふむふむ。やはりローガーたち、と言うかこの場にいるボク以外の皆と同じように、定められたり課せられたりする役割を背負うことを受けて入れているようね。
「それならば、スチュアート様の胸の内にある焦燥は見当違いのものでしょう」
「え?」
スパンと言い放ってやると、目を丸くして驚いている。誰にも話せず鬱々と悩んでいたことを見当違いと断じられたのだ。怒り狂わなかっただけでも冷静だったと思うよ。
「城内の装飾を一新して整える時に誰かを打ち倒す武力が必要ですか?会食の采配をする際に政策や戦術を立案するような知力が必要なのでしょうか?」
もちろん、ないよりはあった方がいいだろうけれど、必須ではない。
まあ、創作物では「メイドさんとか執事さんが本職よりも強い!?」なんてことが往々にしてあったりするものだが、それは意外性を楽しんだりするものであり、つまるところ例外中の例外なのでここでは議論しませんのであしからず。
「そ、それは……」
「そんなことになっては官僚など必要なくなってしまうな」
こちらの言いたいことに気が付き始めたのか、スチュアートは言いよどみ、ミニスが極端ではあるがその行き着く先を言い当てる。
「うん?どういうことだ?」
「……護衛を任されている者よりも侍従や侍女たちの方が強いとなれば、騎士や近衛の立つ瀬がなくなるという話だ」
「なるほど。……おい、それは困るぞ!」
そして一人会話に置き去りになっていたローガーだったが、説明を受けて慌ててスチュアートに詰め寄っていく。
「ちょっ!ローガーさん、例え話ですから!怖い顔で近付いてこないでください!」
おっ?毒舌じみた台詞が飛び出してきたあたり、少しは調子が戻ってきたかな。
「そもそも侍従の役目とは何でしょうか?」
パンパンと手を叩いて注目を集めながら話題の軌道修正を図る。
「主人のスケジュールや調子の把握?それとも建物や施設の管理?……違いますよね?」
「はい。それは熟すべき仕事、つまりは手段でしかありません。侍従の役目とは仕えている方やその周囲の人々に心地よく日々を過ごしていただくことだと僕は考えています」
都合よくこちらの考えともよく似た答えがスチュアートから発せられたが、これはボクのプレイ傾向が反映されているのかもしれない。
ともかく、そういうことならば話は早い。
「……そうか。ボクは別に武を誇る必要もなければ、英知を知らしめる必要もないのですね」
どちらかと言えば裏方の役回りだからね。むしろ派手で目立つような真似は慎むべきだろう。
「ですが、どちらも全く必要ない訳ではありませんから、そこのところはお忘れなきよう」
主人の相談に乗ることができるくらい知識や、いざという時に主人を逃がせるだけの時間稼ぎができるだけの腕力は身に着けておいてしかるべきだ。
都合よく勉強から逃げる口実に使用されないように釘をさすと、スチュアートは大袈裟な態度で「うぐぅ……」とうめき声をあげたのだった。




