731 一人でできるもん?
迫るボクに驚いたのも一瞬のこと。男はにやけた表情ですぐさまこちらへと体を向けてくる。
まあ、そうなるのも分からないではない。何せ今のボクの行動は、どこにいるのか分からないという優位性を捨て去っているものだからね。
隠れ潜んでいた場所から、「隙あり!」とか「お覚悟!」とか叫びながら突っ込んでいくおバカな襲撃者と同じだと思われたのだろう。
「わざわざ居場所を教えてくれるとはな!」
嘲笑うように言いながら得物を振るい始める。そこには確実にこちらの攻撃を迎撃できるという自信が満ちていた。
闘技は一度発動すると基本的にはキャンセルできず、しかも最適化された行動となるため単調な動きになりがちという欠点があった。
上級プレイヤーになると、普通に武器を振るわれるよりも闘技で攻撃される方が捌きやすい、という人までいるくらいだ。
つまり魔物相手ならば問題はなくても、対人戦で有効打にするには一工夫必要になってくることも多いという訳です。そういう意味では目の前の男はレベルを偽装する手段も持っていたくらいだし、対人戦に慣れているということなのだろうね。
まあ、それとてボクの作戦の内なのですが。
「キャンセル!」
「なんだとっ!?」
両足で地面をこすり急ブレーキをかけながら、右上から袈裟切りに振り下ろしていた牙龍槌杖も強引にストップさせる。
先ほどのボクと同じことをして意趣返しをしようと企んでいたのだろう、牙龍槌杖の側面を狙って横なぎに振るわれた男の一撃は、当たるどころかかすりもせずに空を切ることになった。
ちなみに、本当に闘技をキャンセルしたわけではなく、これまでにも何度か使用してきた闘技を使用したように見せかけるフェイクです。
驚愕に見開かれたその目がボクを捉える。
残念、それは悪手だねえ。
「【光源】!」
刹那、カッ!と昼間でもなお明るい光が弾ける。
「ぐああああ!め、目がああああ!?」
どこぞの大佐のようなセリフを叫びながら男がのたうち回る。
生活魔法の一つ【光源】。夜や洞窟の中といった暗い場所を照らすための魔法なのだけれど、持続時間を極端に短く設定してやると、このように目つぶしにも使用できてしまうのだ。
と、ここまではいい感じでこちらの優位に進めることができたのだが、その後が問題だった。
ふらふらとした足取りで動き回る上に闇雲に武器を振るうため、攻撃の予想ができずに近付くことができなかったのだ。
それなら遠距離から魔法で倒せば良かったのでは?と思い至ったのは彼の視力が回復し始めた時のことだった。
そして、チャンスをものにできなかったことで流れが変わってしまう。受け身に回るのは危険だと判断したのか、一気呵成に攻撃を繰り出してくるようになったのだ。しかもこれまでの苦戦で考えを改めたのか、ボクのことを侮る雰囲気もなくなっていた。
「フッ!シッ!ハッ!ドラアッ!」
「うわっ!くうっ、きっつい!」
こうなるとわずかながらでも地力の差が大きく影響してくることになる。あっという間に防戦一方となり、徐々に押し込まれていく。
武器はともかく防具を身に着けていないこともマイナス要素だ。腕や足、肩口に剣先がかすめることで少しずつではあるがHPが削られていた。
「しかもスカートが足にまとわりついてくるし」
無理矢理押し返して距離を取り、一息ついたところで愚痴が零れ落ちてしまう。ゲームに登場する女の子たちにミニスカートの子が多い理由が分かってしまった気がするよ。
見守ってくれているうちの子たちもやきもきしているようだし、そろそろ我を通すのを諦める頃合いなのかもしれない。
焦燥感が湧き上がってきていたボクたちなのだけれど、それ以上に焦りを感じている者がいた。対戦相手の男だ。
「チイッ!何が対人戦は大したことがない、だ。十分すぎるぐらいに強いじゃねえか!」
どうやら低く見積もられたボクの能力が伝わっていたようだ。
あちらの仲間が見えなくなったことも影響していると考えられるが、うちの子たちを呼び出した時点で切り捨てることにした感もあったので、最初からあまりあてにはしていなかったのかもしれない。
ちなみに、仲間の姿が見えなくなっているのは逃げ出したからだと思っているもようです。
まあ、普通は敵対者のテイムモンスターが作りだした迷宮に引きずり込まれているだなんて想像すらしないだろうからね。
妥当と言えば妥当な思い込みなのだろう。
「あの野郎、もしや自分を基準にしていたのか」
男の呟きに一人の人物の顔が思い浮かぶ。
もしかして、シドウ教官がわざと偽情報を流してくれたのかも。もっとも、先ほどあいつが言ったように自分を基準にしていたという可能性も否定できないけれど……。
しかし、これはなかなかに貴重な情報ではないだろうか。今回うちの子たちを戦いに参加させたことで、もっと言えば冒険者協会経由で調べることで、ボクがテイマーであることはバレてしまうだろう。
それならばいっそのこと、ボクの強さはテイムモンスターありきのものだと思い込ませる方が、今後の役に立つのではないかと閃いてしまった訳です。きゅぴーん。
そうだとなれば遠慮は無用で、むしろこれ以上ボク一人で戦うメリットは存在しない。
「みんな、お待たせ」
「は?うぎゃあああああああ!?」
告げた瞬間うちの子たちからの一斉攻撃を受けて、男はあえなくダウンと相成りましたとさ。
「アコ、この男だけはレベルが高いようだから、他の仲間と合流しないように誘導しておいて」
もしも迷宮を踏破されて、アコを害されたりしたらシャレにならないからね。念には念を入れて隔離させておくことにする。
ジェミニ侯爵に引き渡すまでの間、せいぜい迷宮探索を楽しんでくださいな。
「無茶も大概にしてくださいませ。肝が冷えてしまいますわ」
「まったくです。……付近に人の気配はありません。相当強力に人払いを行ったのでしょう、高い熟練度の〔気配遮断〕技能の持ち主が潜んでいるのでない限り、誰にも見られてはいないと思われます」
苦言を口にするチーミルに続いて、リーネイが周囲の状況について報告してくれる。
「心配かけてごめんね。……それじゃあ、後は白を切り通せば終わりかな」
ゲームだからか、ボクの目には何一つ問題がないように見えるが、イベント的に見る人が見れば戦闘の跡くらいは分かるようになっているのかもしれない。
が、襲撃の決定的な証拠は何も残っていないからね。当然こちらからは何も言わないので、ボクを疑っても無駄ってものですよー。




