730 スキルアップのための挑戦
「リーダーかどうかは分かりませんが、あなたがこの集団で一番強いのは間違いないようですね。できれば白旗を上げて負けを認めていただきたいのですが?」
まずもって無理だろうと内心で思いながらも、貴族としての形式的に必要なことらしいので降伏勧告を行ってみる。
お忘れかもしれませんが、今のボクの立場は「ジェミニ侯爵の養女カッコ予定」というちょっぴり複雑なものであり、こうした貴族の礼儀に則った行動をとらなくてはいけないのです。めんどくさ。
「……そんな話を我らが呑むと思ったか」
思っていません。
あくまで仕方なくやっていることに過ぎないし、それに半分くらいは逃げられないようにするための挑発行為なのよね。
いくら警備関係者にタカ派の息がかかっている者たちがいたとしても、そう何人も、そして何度も学園内に部外者を潜入させるような真似はできないはずだ。
何より今ここで犯人を捕らえることができれば、国の上層部という然るべき筋の方々がきっちりしっかりどっきりと背後関係まで洗い出して、それなりに適正な処罰をしてくれることだろう。
まあ、さすがにこの一件だけではタカ派を壊滅させるまでには至らないだろうけれどね。
それでも戦力低下には繋がるだろうから、ちまちまと地道に頑張っていくとしましょうか。
余談だけど、敵集団の中に彼のような強さを偽った人物がいたのは、こちらにとって幸運だったと言えるだろう。
なぜなら、それ以上強い者が隠れている可能性が低いためだ。最悪の展開はシドウ教官のような逆立ちしようが、うちの子たちと一緒に束になってかかろうが勝てない相手が出てくることだったからね。
「あくまでも引くつもりはない、と?」
「くどい。テイムモンスターを隠し持っていたことは予定外だったが、テイマーである貴様さえ倒してしまえばどうとでもなる」
改めて尋ねてみたが、返ってきたのは敵対を明確にする言葉だった。そして、男は腰に佩いていた得物をゆっくりと抜き放つ。
「武器を抜く時間を与えるとは、とんだ甘ちゃんだな。しょせんは学園通いの温室育ちか」
嘲笑を浮かべてそんな台詞を口走っているが、ボクからすれば彼の方こそ温室育ちに見えるね。
だって、これ、うちの子たちが残りの連中を戦闘不能にさせるまでの時間稼ぎだもの。
あちらはボクとの一対一の勝負をするつもりでいるのかもしれないが、こっちはうちの子たちも含めた多数で完勝の予定ですので。
ズルい?
何をおっしゃいますやら。
さっきあの男も言っていたでしょう。いくらテイムモンスターたちが元気でも、テイマー本人がやられてしまえば負けになってしまうのだ。つまり、テイムンスターたちと一緒に戦うのは、テイマーとしての正しい姿なのです!
ミニマップへと視線を落としてみれば、赤い点が次々と消えている。
どうやら気絶した連中をアコが自分の迷宮へと引きずり込んだみたい。座敷童ちゃんがいたマヨヒガのある異界を訪れたことが影響したのか、アコの能力も色々と成長していた。
その中の一つが、ボクの周囲にいる魔物やNPCを迷宮へと引きずり込む、というものだった。
対象が瀕死だったり意識をなくしていたりと条件が厳しく、加えて迷宮を突破される危険が付きまとう、というデメリットもあるが、今回のような捕獲、捕縛対象を強制収容することもできてしまう便利機能だ。
目が覚めたらどことも知れない迷宮の中だったなんて、とんでもない恐怖体験だわね。
しかもボクたちに合わせた強さの魔物が出現するようになっているので、十代前半のレベルしかない彼らにとっては地獄のような状況かもしれない。
アコには命までは取らないよう言い含めておいたから、数日くらいであれば生き延びることはできるでしょう。……多分。
そうこうしている間に、ボクの前に立つ男を除いた全員がアコの迷宮へと引きずり込まれた。
つまり、うちの子たちの手が空いた、ということだ。
アイテムボックスから牙龍槌杖を取り出して構える。相手は二十八レベルと格上だがボクのことを侮っている節がある上に、一対一勝負だと思い込んでいる。
勝機は十分にある。
「いざ、尋常に……、勝負!」
いやいや、複数人で隠れていたくせに何を言っているのかな、この人は……。
実は呆れさせて隙を突く戦法だったのかと思えるほど、言うや否や素早い動きで突撃してくる。もっとも、フェイントも何もない直線的な動きだから、合わせるのはそう難しいものではなかった。
「えい!」
突き刺すように伸ばされた剣身の横っ腹に牙龍槌杖を叩きつけて攻撃の軸をそらす。
「ぐあっ!」
ぶつかり合った衝撃が直接手に伝わったのか、男が小さく呻き声を上げる。
意識がそちらに向いているだろう今がチャンスだ。すり抜けるようにして背後に回ると〔気配遮断〕の技能を発動させた。
「な?ど、どこだ!?」
おおう!久しぶりに使用したけれど想像していた以上の効き目だわね。完全にボクのことを見失ってしまっている。
これは、もしかすると実戦での訓練をする絶好の機会ではないだろうか?
今回のポートル学園への潜入捜査?のように、今後もボク一人だけで動く必要に駆られることがないとは限らない。同格の相手であれば対処できるように、そこまではいかなくても助けがやって来るまでの時間稼ぎくらいは最低できるようになっておきたいところだ。
いつでもボクの指示に従えるようにスタンバイしてくれているうちの子たちには悪いけれど、ここはボクのスキルアップを優先させてもらおう。
「はっ!そこか!」
「うわっ!?」
足元の小石を蹴飛ばして隙をつくる……、作戦は失敗。石が転がる音よりも蹴り飛ばした時の音の方が大きかったもよう。
うにゅう……。力加減が難しい。
幸い、振り向かれる際にちょうど背後を取るように動くことができたので、〔気配遮断〕の効果もあって発見されることだけは免れることができた。
しかし、男の警戒心が上がってしまったのは間違いない。先ほどまでより大きく首を動かして周囲を探っているので、発見されるのは時間の問題だろう。
それならば見つかっても構わないように動くまでだ。ぐっと両脚に力を込めて、いつでも飛び出せるようにタイミングを計る。
……今だ!
「スラッシュ!」
闘技の名前を叫びながら、ボクは一直線に敵対者の懐へと切り込んでいく。




