73 特別な逸品
そんなある日、いつのものごとく冒険者協会で訓練を終えた後、超低級ポーション用の雑草を大量に預かってから定宿となっている『猟犬のあくび亭』へと帰って来た。
「ただいまー」
この挨拶にもすっかり慣れてしまった今日この頃。
時刻は午後三時くらい。日によっては料理長さんは仕込みの準備を始めていることもあるけれど、大半は女将さんと二人でおやつを食べながらのんびりとしている時間帯のはずだ。
実はこっそりとそのご相伴に与るのを楽しみにしていたりするボクたちなのでした。
だけどその日は少しだけいつもと様子が異なっていた。食堂と兼用になっている一階部分に入った途端、空気が張り詰めているように感じられたのだ。
「あ、ああ、リュカリュカたちかい。おかえりさね」
カウンターの内側にいた女将さんも少しばかり緊張しているみたいだ。料理長さんは奥の調理場にいるのか、何やら美味しそうな香りが漂ってきている。
実はこれも珍しいことだった。スイッチ一つで火が付くリアルとは違って、『OAW』では燃料の基本が薪であるため、食事時以外に竈の火を起こすということがほとんどないためだ。
先日、カツうどんを作るために厨房を借りた時も、特別な計らいだったという訳。
「えっと……、何か面倒事ですか?」
「いや、そういう訳じゃないんだけどね」
小声で尋ねたボクに、苦笑しながらそう返す女将さん。チラチラと視線が向けられた先には、こちらに背を向けた見知った鎧姿と見知らぬ鎧姿があった。
見知った方はもちろんクンビーラ騎士団のものだ。角ありの兜を被っているから百人隊長以上の高位の隊長さんだと思われます。
見慣れない方も全くの初見という感じではなく、どことなく隣に立つ騎士さんの鎧に近い意匠であるように思われた。
そちらはさておき、騎士団から警護か同行者が付くということは貴族などのお偉いさんがやって来ているということなんだと思われます。
多分、視線を遮っている彼らの向こう側の席に座っているのだろう。
彼らがいるのは食堂の中でも奥まった場所にある。窓から離れているためそれほど良い席とは言い難いけれど、反対に外からの襲撃に対応しやすいため警護をするには都合の良い位置となる、らしい。
グラッツさんから教えてもらった知識その一です。
そして女将さんの反応から察するに、緊張はすれど恐怖したり毛嫌いしたりする相手ではないようだ。
「そうなると、騎士団の関係者かな?」
騎士団や衛兵隊には貴族の次男や三男などの家を継げない人たちが入隊していることもある。料理長さんは以前騎士団に所属していたことがあるという話だったので、その当時の貴族出身の上司だとかなのかもしれない。
「まあ、関係者と言えばそうなるのかねえ」
だけど、女将さんからの返答は曖昧なものだった。
首を傾げながら顔を見合わせるボクたち。エッ君、気になるのは分かるけど、あんまり体を傾けすぎると転んじゃうよ。あ、転がった。
「カツうどんができたぞ。運んでくれ」
完成した料理と共に、料理長さんが厨房から顔を出したのはそんな時だった。
そして用意された品から、やはりやって来ていたのは貴族様だったみたいだ。
「はいよ」
すぐさま受け取って女将さんが例の席へと運んでいく。
お盆の上に乗せられていた器は四つ。警護の二人を入れて最大で六人のご一行ということになるね。だけど、いくら鎧姿で体格が良いとはいっても二人で隠せる幅には限りがある。
しかもボクの位置からすると若干斜め寄りに見るようになっているので、余計にその幅は狭くなっていた。それでも向こう側に座る人が見えないということは、席に着いているのは一人、もしくは二人なのではないだろうか。
「お待たせしました」
「おおっ!待ちわびたぞ!」
「これが最近巷で大流行りのうどん、その中でも特別な逸品なのですね!」
女将さんに続けて聞こえてきたのは、男女の歓声だった。声の感じからそれほど年齢が高い人たちではなさそうな気がする。
どんなに年配であっても、三十歳までというところじゃないかな。まあ、この世界はエルフなどの長命種が存在するので、予想外に高齢という可能性も捨てきれないのだけど。
「うん?何をしている、お前たちもさっさと席に着け」
「そうですよ。まさか立ったまま食べるような無作法をしようというのではないでしょう」
「い、いえ、我々は……」
「いいから座れ。ここは城の中でもなければ公邸でもない。どこにでもあるような平々凡々とした宿屋なのだ」
あ、料理長さんが難しい顔してる。女将さんも思わず苦笑いだ。
ふみゅ。この様子からすると単に面識がある以上の間柄とみて良さそうだね。
「し、しかし……」
「ああ、もう、面倒くさいやつらだな!とにかく座れ!そして私たちと一緒に食べろ!これは命令だぞ!」
そんな無茶振りするあなたも大概に面倒くさい人ですよ。そう思いながらも、先の言葉が鎧姿の二人を思いやってのことだと理解できたので、何となくほっこりした気分になってしまう。
どうやらこの人は部下や配下を使い捨ての道具のように考えるダメ貴族ではないみたいだ。
「どうせ帰った後には命令違反の懲罰を受けることになるのですから、このくらい役得だと思っておいた方が良いですよ」
くすくすと笑う声と共に告げられたその一言が止めとなったのか、二人は何かを諦めたかのように椅子へと腰掛ける。
それによって、ようやく言葉を発していた男女が見えるようになった。
おおう、二人ともかなり高級そうなお召し物を身にまとっておいでですよ。
そして何より、そんなお洒落な衣装もかすんでしまいそうなほどの美男美女でした!手元にあるカツうどんが浮いて見えてしまう。一応は貴族様用なのだろう高級そうな器に入れられているのだけど、それでもやっぱり、ね……。
まあ、これにはカツ丼やうどんが庶民の味だというボクの思い込みもあってのことなのだろうけれど。
「おお!これは美味いな!卵を絡めたりスープに浸けたりすることであえて柔らかくしているのだな」
「揚げ物はサクサクとした食感こそが最重要だと思っていたのですが、このような調理の仕方もあったのですね……。驚きです」
「ははは。このうどんというものも面白いぞ。……ふむ。心地よい噛み心地だ」
「はあ……。このスープも優しい味です。それにしても海で採れた物が入っているようには見えないのに、海の物の味がします。不思議ですわ」
と色々と語りながら食べるお二人とは対照的に、騎士さんたちは言葉を発することもなく一心不乱に貪るように食べていた。
そしてあっという間に完食してしまった護衛二人の物欲しそうな視線を意に介することもなく、お二方はじっくり堪能するようにカツうどんを食していったのでした、まる。




