722 敵対する者、しない者
所変わって『OAW』内のポートル学園です。
こちらではテニーレ嬢たちのグループから有形無形の嫌がらせを受ける……、前にさらりと躱しているから実質的な被害はゼロなのだけれど、微妙に神経を摩耗するという日々が続いていた。
そんなボクだが、実は敵視してくる迷惑な存在は彼女たちばかりではなかった。むしろ立場とかがあるから、こちらの方が厄介かもしれないね。
とはいえ、もったいつけるほどの相手ではないのでさっさと公表してしまうと、学園の教官陣だ。
もちろん全員ではなく、タカ派貴族の一門やその領地出身者たちに限られ、その中でも温度差はあるため、本格的に敵対しているのは極々わずかな数名ということになる。
その内の一人が算術の教官だ。
「できました」
「ぐっ、ぬぬぬぬぬ……。よ、よろしい。席に着きなさい……」
黒板に書いたボクの回答を見て悔し気な唸り声をあげたかと思えば、辛うじて聞き取れる声量で正解であることを告げてくる。
それと同時に教室内のあちらこちらから「おおー」という感嘆の声や、拍手の音がまばらに聞こえてくる。
和やかな雰囲気だからこそ魔改造ドレス集団、特にテニーレ嬢から放たれている怒気がよく分かるね。
あと、背後から突き刺さるような教官からの憎しみの視線も。
もっとも、彼の場合は出身派閥の意向というよりも、今日と同じく最初の授業の時にボクにやり込められたことが原因のようではあるけれど。
なんでも彼は尚武の気性が強いタカ派貴族の中では珍しく、その知能でもって現在の地位にまで上り詰めてきた人であるらしい。
そんな拠り所にしていたというか依存していた分野だったにもかかわらず、突然現れた平民のボクに難題をあっさりと解かれてしまったことで激しくそのプライドが傷つけられてしまった、ということのようだ。
いや、そんな都合なんて知らないから。
と言えれば楽なのだろうけれどそうはいかないのが困ったところ。面倒であってもあちらは大陸有数で国内最高峰となるポートル学園の教官だ。
粗雑に扱ったと噂が立とうものなら、ここぞとばかりに「我が国の権威を見下している」的な難癖が飛んでくることになってしまう。
すさまじく面倒なことではあるが、教官の出してくる難問を解いて返すことで、あちらの顔を最低限立てつつこちらの方が上だということを見せつけているという訳です。
こんな厄介者がいる一方で、それっぽく見せかけることで上手くさばいてくれる教官もいた。
武闘のシドウ教官だ。彼はレオ領出身のれっきとした貴族なのだが、ポートル学園を卒業後に数年間冒険者をしていたという変わり種でもあった。
だからなのか、ボクをけなすためにタカ派が流した噂が、冒険者そのものを貶めるような内容だったことには眉をしかめていたのだそうだ。
その後正規の試験を経て一般枠で軍に入隊すると、あっという間に頭角を現して騎士団へと栄転、数々の魔物討伐戦で活躍して集団戦と個人戦両方のスペシャリストとして名を馳せることになる。
さらには軍部と騎士団の共同で設立された教導部隊へと移動となり、その経験を請われてついにはポートル学園の武闘の教官にまでなってしまったという、異色の経歴の持ち主でもあります。
正直、碌に基礎もできていない学園生の相手をさせるにはもったいなさすぎる人選だと思う。
まあ、その程度だからこそ誤魔化せていた部分もあるのだけれど。
「毎度毎度、負ける役をやらせてしまって申し訳ないな」
演武台上でお互いの獲物を押し付け合っているところに、シドウ教官が小声で呟いてくる。
「いえいえ。こちらとしてもいい訓練になりますので」
残念ながら技能は習得できていないけれどね。
これまで武闘の授業はそれぞれの得意な武器を選んで自由に打ち合うという放置気味な内容だったのだが、どこかからの介入があったらしく、各種の武器の扱いをそれなりに会得する、というものへと変化することになっていた。
ちなみに、本日はみんな大好き剣の習熟だよ。
そして毎回、学園生の中では最もレベルが高くて荒事の経験もあるボクが模擬戦で教官の相手をさせられているのだった。
「やっぱり教官は強いな!」
「ああ。見ろよ、ちょっとばかり実戦経験があるくらいじゃ手も足も出ないようだぜ」
「ふふん。しょせんは平民ですわね。身のほどを知るといいのですわ」
「うおー!リュカリュカ!負けるな!」
演武台の周りに集まっている生徒たちから野次六割、応援四割といった具合の声が届く。
まあ、武官になりたいのであればタカ派に目を付けられるのはマイナスでしかないからね。波風立てずに長いものに巻かれようとするのも仕方のないことかもしれない。
それと、恥ずかしいのでローガーは少し黙っていて欲しいわ……。
「やれやれ。技能をもたない不得手な武器でありながらも様になっているということの方に気が付いてもらいたいのだが……」
「それはいくら何でも武器に触れる機会そのものがほとんどない女生徒には酷な要望ではないでしょうか」
恐らくは教官の方が有利、程度のことしか理解できてはいないのではないだろうか。
反対に男子学園生たちはというと、貴族男子のたしなみということでほとんどが〔剣技〕を習得している。そのため技能を持っていないということに思い至っていないのではないか、と考えられるのだった。
そんな会話を繰り返しながらもどこか押し込み返せるところはないかと探ってみたが、逆転できそうなところはついぞ見つからない。
いや、もう、本気で強いわこの人。仮に使い慣れた龍爪剣斧や牙龍槌杖を掴んでいたとしても、勝ち筋を見つけられるかは微妙なところかも。
「ふむ。それもそうか。私も大半の武器の扱いは冒険者時代に覚えたものだからな。学園生の時分であれば彼らとそう変わりのないことしか思い浮かばなかったかもしれぬ」
言葉が終わった途端、シドウ教官からの圧が物理的にも精神的にも増大する。
気が弱い人であれば、これだけでも戦意を喪失してしまいそうだ。
「ま、っだまだ!」
と口にすることで耐えようとしたのだが、技量差や力量差はいかんともし難かった。
不意に力を抜かれたことに対応することができず前方につんのめるように体勢を崩したところで、首筋に木剣が添えられる。
「まいりました……」
宣言と同時に周囲からわっと歓声が上がる。
そんな学園生たちの様子に、本日も無事に怪しまれることなく悪役を演じることができたと、ほっと息を吐いたのだった。




