720 久しぶりの登場です
本日はポートル学園がお休みの日。ということでボクはジェミニ侯爵のお屋敷の一室でまったりと過ごしております。
素の自分をさらけ出せる貴重な空間と時間ということになるね。
本当はストレス発散と運動不足解消――ゲーム内だからリアルのように体がなまることはないのだが、気持ちの問題というやつです――のために冒険者稼業に出かけたいところなのだけれど、学園ではあれでも一応令嬢の端くれとしてふるまっているからね。今はまだ大人しくしておく必要があるのだった。
それに、絶対ではなくてもやっておいた方がいいこともある。
別行動をとっている仲間たちとの情報のすり合わせだ。
「リュカリュカへの誹謗や流言については、現状では完全に冒険者へのいわれのない中傷へとすり替わっていますわね。このまま謝罪が行われないようであれば、所属する貴族たちからの依頼を受領しなくなったり、各々の領地の協会支部を一時閉鎖したりすることも視野に、冒険者協会がタカ派に対して脅し、もとい交渉を行っているところですわ」
ミルファの報告をふむふむと相槌を打ちながら聞いていく。
特に問題点もなくほぼほぼ予想通りの展開と言えそうかな。
冒険者たちの活動だけで成り立っているような産業は少ないけれど、繁栄や発展の一翼を担っている業種というものは意外と多いものだ。
また、アクエリオスのような大都市ともなれば顔見知りや知り合いに冒険者がいるという人もたくさんいる。庶民たちの感情も冒険者への擁護や応援に傾いていると見ても良さそうだ。
また城の方でも、噂の出所が一目瞭然だったこともあって「冒険者や冒険者協会との不和を招いた」ことを理由に締め上げが始まっているらしい。
その対象もタカ派貴族だけでなく、同調する態度を取っていた騎士や軍人たちにまで及んでいるというのだから、大公様たちの本気度合いがうかがい知れるというものだわね。
ちなみに、うちの子たちを含めた仲間たちの冒険者活動の方も順調そのものだそうで。
うーむ……。いいことのはずなのだが、一人ポートル学園に取り残されている身としてはどうにももやもやしたものを感じてしまう。
やっぱり一度折を見て、ストレス解消に魔物討伐にでも出かけた方がいいのかもしれない。
「話は変わりますが、よくあの公子まで一緒に登校するようになりましたね?」
ネイトの言葉にミルファも頷いている。まあ、ボクや兄さま、さらには侯爵様からの伝聞からは、傲慢で我儘な部分しか見えなかっただろうから、彼女たちの疑問も当然だろう。
ローガーにミニス、スチュアートの三人に加えてジーナちゃんやライレンティアちゃんはこちらから誘ったのだが、ジャグ公子はいつの間にかその一団に混ざってくるようになっていたからね。
これにはボクやジーナちゃんのような公子との関係が浅い人間だけでなく、兄さまやライレンティアちゃんたちのような付き合いが長い人たちも驚いていた。
「ボクが編入してからの一連の騒動で、彼としても思うところがあったみたいだよ。ほら、やたらとちやほやしたり持ち上げたりしていた連中は揃ってタカ派貴族の子どもたちばかりだったでしょう。その首魁の一人であるスコルピオス家の娘がアレだからね。その行動に裏があるといい加減に気が付いたっていうことじゃないかな」
自信過剰だったり自己陶酔の気があったりするだけで、頭の回転などは決して悪い訳ではないからね。
その欠点も本人の資質以上にこれまでの公子教育による部分が大きいと思う。ライレンティアちゃんみたいなしっかり者がそばにいてくれるのであれば、極端な大失敗はしないのではないかしら。
「その、スコルピオス家の娘は大丈夫ですの?公子妃候補の二人までもが公子と一緒に歩いて登校しているとなれば、自分もそこに混ざろうとしてくるのではなくて?」
「ああ、それは問題ないよ。テニーレ嬢の性格からして、たとえ父親たちからそうしろと言われたとしても従わないと思う」
混雑して大渋滞になることにもかかわらず、学園の門の前まで馬車で乗り付けている学園生は少なくない。どうやら、それができることがステータスになると考えるみたいなのだよね。
テニーレ嬢は権威主義の象徴のような子だから、例え忌々しく思っていたとしても分かりやすく見せつけることのできる馬車通学を止めることなどできないだろう。
「その分、学園内では公子にまとわりつくことになるかもしれないけどね」
今のところはまだそういった様子はないが、バックにつくタカ派から「公子妃候補としての存在感を示せ」的な指示があればいかな彼女といえども従わざるを得なくなる。
ボクの予想に近い状況になるのは時間の問題だろう。
とはいえ、それならそれで公子のそばに近づかないようにすればいいだけの話だ。
付きまとわれることになるジャグ公子やそれに巻き込まれることになるだろう兄さまたちには悪いが、ここは君子危うきに近寄らずの精神でいきたいところだね。
「ですが、それではせっかくつけた差を縮められてしまうのではありませんか?」
「仮にそうなった時には、ライレンティアちゃんに出張ってもらうよ」
タカ派の横槍が入ったせいで婚約こそできてはいなかったが、元々彼女は公子妃の大本命な最有力者だとみなされていたのだ。
同じ『十一臣』の娘であることも都合がいい。テニーレ嬢も無茶なことは言えないし、仮に言われたとしても従う必要がないからだ。
しかもスコルピオス家は過去の失敗で伯爵位に格下げされているけれど、ライレンティアちゃんのリーブラ家は侯爵位のまま家格を保っている。
「何より、ライレンティアちゃんは公子のことをちゃんと想っているし、公子の方も悪くなく感じてるのよね」
それはもう近くで見ているこちらの方がやさぐれて、思わず「けっ!」と悪態を吐いてしまいたくなるほどに。
政治的な思惑が大いに絡む公子の婚姻だが、仲が良いに越したことはない。二人が絡む機会が増えれば必然的にそうした面も人目に付くことが増えるはずで、そうなればライレンティアちゃんとテニーレ嬢のどちらが公子妃に相応しいのかも明らかになることだろう。
ボク?いやいや、いくら権力があったとしても、あんないかにも面倒くさそうなお子ちゃまの相手なんてお断りですよ。




