714 リュカリュカちゃんの学園生活 その3
ポートル学園の授業は文学、算術、歴史、神学、魔法学の座学五科目と、礼儀作法、舞踊、武闘、実践魔法の実技四種の九つから成り立っている。
この内、歴史はこの世界独自のものである上に『水卿公国アキューエリオス』贔屓な視点で書かれているため、編入試験では最も点が低く足を引っ張ってしまうことになってしまった。
しかし、点が低かったからと言って苦手だったり興味がなかったりする訳ではないのが、リュカリュカちゃんが一味違うところです。
見方や解釈に難ありな部分はあるけれど、要するに歴史というのは『OAW』というゲームの裏設定的なものなのよね。それに気が付いてからは一気に内容が面白く感じられるようになった。
特にボクたちパーティーには大陸統一国家時代の遺産らしい空飛ぶ都市、『浮遊島』に憑りついているという死霊軍団を何とかする、という目的がある。
まあ、忘れがちになってしまうことも良くあるのだけれど……。
とにかく、そうした方面にも有用な情報を手に入れられるかもしれないとなれば、授業にも身が入ろうというものだ。ゲームでのキャラクターの能力値補正もあってか、歴史の科目でもボクはあっという間に学年トップクラスの成績へと急上昇してしまったのだった。
他にもっと足を引っ張りそうなものがありそう?
良い質問ですね。リアルの現代ニポンではあまり聞き慣れない……、まあ、実技は基本的に一部の人を除いて縁がないことがほとんどだろうし、魔法に至っては存在すらしていないレベルだろうから、馴染みがないことについては今さらな気がしないでもないけれど。
話を戻しまして。要するに『神学』とか『礼儀作法』とか『舞踊』が編入試験に影響しなかったのはどうして?ということが一番気にかかっている点だろう。
答えは簡単、そもそも試験がなかったり、試験は行われるものの、結果としては反映されなかったりしたからだ。
試験がなかったのは神学で、実は一般的な定期試験自体が存在しないという変わり種な科目だったりします。授業内容も、リアルニポンで言うところの道徳的なものをイメージしてもらえれば特に問題はないかな。
将来貴族や官僚となる学園生こそ、神々が定めたもうた普遍的な社会のルールを率先して守りましょう、というのが基本にして最終目標といった感じ。
どうしてそうなっているのかというと、神学を担当している教官――つまりは神官様です――が所属している『七神教』が超国家組織であるためだ。
設立までの経緯や最初期はともかく、現在のポートル学園は『水卿公国』が運営している国立学園となるので、他所の組織の思想が大量に流入するのはよろしくない訳です。
『七神教』の教義や聖人偉人の活躍譚の中には、国が推し進めてきた政策や歴史と真っ向からガチンコ勝負するような内容のものもあるからねえ。
もちろん、ふんわりゆったりな宗教観のリアルニポン人がプレイヤーの大半を占めているから、その配慮という点も大きいのだろうけれど。
礼儀作法と舞踊の試験結果が反映されないのも、これと同様な部分に由来すると言っていいと思う。
メディアに――ネタ的に――取り上げられたり物語等の題材に使用されたりして知名度こそ上がってはいるけれど、テーブルマナーなどのちょっとお堅い礼儀作法を日常的に心がけなくてはいけない人や、舞踊が隣にある生活を送っている人はそう多くはいないはずだ。
こうした事情によって、試験は行われても結果としては反映されないという形に落ち着いたのだろうと思われるのだった。
加えて、ゲーム内でのリュカリュカちゃんの微妙な立場も影響していたらしい。先々でジェミニ侯爵の養女となることが内々に決まっている――ここ、実は密かに大事なポイントです――とはいえ現状ボクは平民となる。
しかも『野蛮な』冒険者をやっていた時期もあり、そんなやつの礼儀作法など高が知れている、と思われていたみたいね。
「実際は、公表してしまうと多くの貴族学園生の面子を潰す結果になるところだったらしいわ」
「す、すごいです……」
ライレンティアちゃんの突然の暴露に、同席していたジーナちゃんが目を丸くして驚いている。口元に手を当てている辺り、そこはかとなく彼女の育ちの良さが感じられる。
まあ、こちらにはミルファという本物のお嬢様が付いていたからね。ジェミニ侯爵家のバックアップもあり、実はそちら方面への対策の方がかえって充実していたほどだったのだ。
しかしここであまり持ち上げられ過ぎると、これから先のハードルがとんでもなく急上昇してしまいそうだ。
「それはいくら何でも持ち上げ過ぎではないかと……」
苦笑しながら告げることで、話題の打ち切りを提案する。
せっかく、ようやくライレンティアちゃんがお茶会に誘ってくれたというのに、こんな話題でお互いの腹の内を探り合うような真似はしたくないのよ。
そう。ボクが学園に通い始めてかれこれ一週間以上が経過していた。そろそろこの生活にも慣れた頃だろうと、ライレンティアちゃんが約束していたお茶会に招待してくれたのだ。
ちなみに、ジーナちゃんが同席しているのは彼女たち二人が以前から知り合いだったから。兄さまを通じてボクとも比較的仲良くなっていたこともあり、困惑しつつも参加してくれることになったのだった。
「でも、本当に凄いです。苦手だとおっしゃっていた歴史もあっという間に理解されるようになってしまいましたし、文学はどのような答えを出すのか、今ではクラスメイトだけでなく教官すらも楽しみにしているという話ですもの」
いやいや、ジーナちゃん!?それでは話題の方向転換がほとんどできていないよ!?
「歴史は自分なりの楽しみ方を見つけることができたことが大きいですね。文学が高評価なのは教官と感性が似ていたことに尽きるかと……」
「算術や魔法学に至っては教官が教えを請うために、教官室に呼び出そうとしているとなんて噂まであるわよ」
ちょっ!?どこの誰ですか、そんな根も葉もない噂を流しているのは!?
魔法学の教官はともかく、算術の教官なんて授業が終わるたびに「調子くれてんじゃねえぞ、コラ!」と言わんばかりの顔つきで睨んできているからね。
呼び出されるとしたら確実に「生意気なガキにヤキ入れてやんよ」的な流れになってしまうこと間違いなしだ。
「冒険者として活動しておられたから、武闘に実践魔法はそれこそ教官並みの強さだとも言われていますわ」
「歴代最高の編入生という話も、あながち大袈裟とは言い切れないわね」
え?なにこれ?女の子三人での楽しいお茶会の場だとばかりに思っていたのだけれど、ボクを褒め殺しにするのが目的なの?




