713 リュカリュカちゃんの学園生活 その2
午前中が座学中心の授業となっているのに対して、昼食を経て午後からは体を動かす実技系の授業が主となる。
この日は戦闘訓練、『武闘』の日だった。
「うおおおお!」
と威勢のいい声を上げながら突進してきたローガーを、槍の穂先を使ってひょいっと転がす。
訓練用だから転ぶだけとなっているが、実物であれば最悪脚がズンバラリンと短くなってしまっていたところだよ。
「しょ、勝負あり!勝者、リュカリュカ!」
そしてあっという間に決着がついてしまったことに驚愕とも感嘆ともつかないざわめきが周囲から上がっていた。華奢で可憐でお淑やかな美少女が、体格も良く年の割には鍛えられている男子学園生にあっさりと勝利してしまったのだからその反応も理解できるというものだわね。
まあ、実際はローガーのレベル八でしかなくボクとのレベル差が二十近くになるのだから、当然と言えば当然の結果なのだけれど。
これでも彼は高レベルな方で、学園生の平均レベルは五近辺を毎年うろうろしているのだとか。
技能の熟練度はともかく、レベルアップによる能力値上昇の恩恵がそのまま差となって表れている状態だね。
実はそれに加えて武器の相性の問題もあった。
「ローガー様、長柄の武器を相手に間合いで劣る剣で立ち向かうのは付け入るための隙を作れることが大前提ですよ。できないのであれば素直に同じ間合いの物を使用するべきです」
「ぐぬう……。リュカリュカの指摘も理解できるが、俺の一番の志望先は親父と同じ近衛騎士団だ。勤務先は場内を始めとする屋内が多くなるだろうから、小回りが利く剣の熟練が最適のはずだ」
座学全般が苦手なローガーだけれど、決してお頭が弱い訳ではないのよね。それどころか自分の得意分野に関連することであれば、ミニスやスチュアートが驚くほどの洞察力や理解力を見せることだってあるのだ。
とはいえ、今回はちょっと思考が凝り固まっている気がする。
「本当にそうでしょうか。例えば廊下のような場所であればどうですか。グレイブのような薙ぐことを主眼に置いている物であればいざ知らず、槍のように突きが中心の武器であればリーチの長さは有利に働くと思いますけれど」
「それは一理あるな……」
「もう一点、剣だけしか使えないというのは、後々困ることになるのではありませんか?」
メインウェポンとなる武器種を決めておくことは大切だ。時間は有限だしあれやこれやと手を出してしまえば、熟練度の上昇はそれだけ遅くなってしまう。
しかし、それだけしか使えないとなればそれはそれで問題だろう。
特にローガーが目指しているのは近衛騎士だ。対象を守りきるためには、それこそ某大物カンフーアクション俳優のように椅子でもなんでも手近にある物は全て武器にしてしまうくらいの気概が必要だと思う。
「まあ、椅子を武器にするのは極端すぎる話ですが、剣しか使えないという理由で状況によっては有利になる槍などの武器を放置するのはいかがなものかと」
「そうかもしれない。……うん。リュカリュカとの稽古は色々と考えることが多くてためになるな!学園が休みの日には騎士団の訓練に混ぜてもらっているのだが、そこではこうはいかないからなあ」
え?それって近衛騎士団長の息子ということで、腫れ物に触るようにお接待な感じになっているのでは?
「ああ、毎度一時間も経たない内にボロ雑巾のようにされているからな。私ですら見ていて理解できる力量差があるのだ。多少小手先の技を覚えたところで太刀打ちできないだろう」
と、横から会話に割って入ってきたのはミニスだ。
こらこら、これ幸いと休憩に入るんじゃありません。ノルマの素振り百回まで、まだ半分以上残っているのは知っているのだからね。
それにしてもローガーの方は単に叩き潰されていただけだったとは……。騎士団もなかなかに容赦がないね。
でも、タカ派による嫌がらせなどの可能性も否定できない。ジェミニ侯爵に報告だけはしておいた方が良さそうかも。
そちらの対策は侯爵たちに丸投げするとして、問題は勝ち目がないと分かっているのに、正面からぶつかっていくだけだったというこのおバカ猪だ。
「そういえば先ほども私に向かって突撃してきていましたね。何か理由でもあるのですか?」
ふと、会話を始めるきっかけになった立ち合いのことを思い出して、ローガーに尋ねてみる。ルーティーンや験担ぎといったものの中には他人から見れば意味不明なものも少なくはない。
その上本人が抵抗することも多いため、明らかな改善であっても変化させることが非常に難しいという性質を持つためだ。
「初めて手合わせする時は、相手の力を知るために正面からぶつかることにしているのだ」
「……理に適っているようなそうでもないような、判断に苦しむ答えだったな」
これについては素直にミニスの意見に賛成かな。
初見の相手に突撃することでおおよその強さを測るとか、死に戻りが可能なプレイヤーですらそこまでぶっ飛んだ真似をする人はほとんどいないよ。
「一応確認なのですが、訓練の時だけの話ですよね?」
「もちろんだ。実践はまだ早いと首都近辺の魔物退治にすら参加させてもらえん」
ローガー本人は不満そうだったが、ボクとミニスはほっと安堵の息を吐いていた。
いくら何でも命がかかっている場ではそんな無茶なことはしないと思うのだが、絶対とは言い切れない危うさが彼にはあるのよねえ……。
ローガーを攻略するためにはここが重要なポイントになりそう。
「とにかく、せっかくの機会なのですから武闘の授業では剣以外の武器にも触っておくことをお勧めします」
しかし、深入りする気がないボクは華麗に話題を転換です。
「馴れない武器であれば、他の皆さんともいい勝負になりそうですし」
授業の度にローガーに押しかけられるなんてことになったら、面倒なこと極まりない。
それに、大半の女子学園生たちが受けさせられている短剣の訓練にも興味がある。せっかく『初心者用ナイフ』という不壊のアイテムがあるのだから、短剣の扱いくらいは覚えておいて損はないと思うのだ。
その後、短剣練習組に合流する際になぜだかローガーとミニスがくっついてきたことにより、ボクは女子学園生たちから大いに感謝されることになるのだが、それはまだもう少し先の話だ。




