709 ライバル令嬢も完備しています
結局、少女は一通り文句を言うと満足したのか、取り巻きたちを連れて帰って行ってしまった。
嵐と例えたのが実にしっくりくる来襲だったよ。
「あ!いけない」
「リュカリュカ嬢、どうかしたのか?」
「あの方々のお名前を聞くのを忘れていました……」
ボクの言葉に思わずといった調子でふき出す男性陣。あれだけ文句を言った相手が自分の名前も知らないとなれば、格好がつかないにもほどがあるだろうから。
頭の中に先ほどの少女が「きいいぃぃ!」と甲高い声で叫びながら地団駄を踏む光景が浮かんでは消えていった。
まあ、インパクトだけはあったから顔はしっかりと覚えたのだけれどね。スコルピオスの娘と言っていたので、ジェミニ侯爵家に戻って誰かに尋ねれば、取り巻きの少女たちも含めて色々と教えてもらえるだろう。
ただし、この場で絶対に確認しておかなくてはいけないことが一つだけある。
「ジャグ公子殿下、スコルピオスの姫君が公子妃候補の一人だというのは本当ですか?」
「……まったく、貴様を含めてとんでもないじゃじゃ馬ばかりが集まってきているものだ」
嫌味満載な公子の言葉にミニスたちが顔をしかめていたが、ボクにとってはどうでもいいことなのでスルー一択です。むしろ皮肉交じりでもちゃんと答えてくれたことに、よくできましたと褒めてあげたいくらいだったり。
それよりも重要なのは、彼の答えがイエスだったということだ。
「その割に大公家への尊敬の念だとか、私のような者が公子妃になっている状況に対して国を憂う心のようなものが一切感じられなかったのですが……?」
「あやつにそのような崇高な代物があるはずがないだろう。精々が大公妃になったあかつきに自身が手にする富と権力を夢想しているだけだ」
それって、どう考えても暴君的なわがまま大公妃一直線ですよね!?しかも取り巻きがいるということは、それなりの勢力を誇っているということになる。
なるほど。あんな子が候補になっているのであれば、ボクのような余所者ですら対抗馬として擁立しようとするはずだわ。
もっとも、大公様たちの一番の狙いはタカ派を叩き潰す、とまではいかなくてもその力を大きくそぎ落とすための時間稼ぎなのだろう。
ボクという劇薬を投入することによって公子妃選定に視線の全てを集めている裏で、証拠集め等いろいろなことをやっているのではないかな。
ミルファにネイト、さらにはうちの子たちまでも、そちら方面で奔走していると思われます。
「だが、それはそれとしてちょっと待て。なによりも私への思慕の念が欠けていることの方が重大な問題であろうが」
「え?貴族同士の婚姻など政略が密接に絡みついているものだとお聞きしておりましたので、恋心や思慕の念などあってないようなものだとばかりに思っていました」
まさかあんないかにもな地雷で疫病神な女子に好かれたいと思っていただなんて……。
公子様ってばボクが考えていた以上にアブナイ性癖の持ち主だったのかも……。
「おい、待て!今とてつもなく無礼なことを考えていなかったか!?」
「いえいえ、そんな無礼なことだなんて滅相もない。味の好みだけでなく、人の好みもそれぞれですから」
「おい!やはりとんでもない誤解をしている――」
「随分と騒がしいようだが、何かあったのかい?」
さらに公子がわめきたてようとしたところに、ようやく教官室から戻ってきたトウィン兄さまが声をかけてくる。
その不思議そうな表情に公子も毒気を抜かれてしまったのか、小さく「もういい……」と呟くと、ふてくされたかのようにそっぽを向いてしまったのだった。
この絶妙なタイミングからすると、教官からの呼び出しというのも彼女たちの仕込んだものだったのかもしれないね。
天然な兄さまがいては、今のように思わぬところで話の腰を折られていたかもしれないから、もしかするとそれを危惧したのかも。
ただ、先ほどの彼女はひたすら騒ぐだけ騒いで、ボクたちに何かを約束させるようなこともしないで去っていったので、結局のところは兄さまがいてもいなくても変わりなかったような気がしないでもないわね。
「……出来過ぎているな」
「何がだ?」
ミニスも彼女たちの不自然さに気が付いたようだね。まあ、ローガーはさっぱりのようだけれど。
「スコルピオスの御令嬢がやってきた時間ですよ。会長がいない時間を知っていたかのようにやって来て、会長が戻ってくるのを見計らって退散したかのようでした」
スチュアート君、分かりやすい説明をありがとう。
「お二人の予想した通りですわ。会長を呼び出したのはシドウ教官です。レオ領出身の彼では、テニーレ様の要求をはねのけることはできなかったでしょう」
と、答え合わせをしてくれたのは兄さまの背中から顔を出した女の子だった。先ほどのスコルピオスの御令嬢――テニーレというのが彼女のお名前だったらしい――たちとは違って、この子は普通に制服を着用していた。
それが清楚さとともにミドルティーンからハイティーンに移り変わる年齢相応の瑞々しい色っぽさを強調している。
しかもこれまた顔面偏差値がとんでもなく高いものだから、きっと初見では見惚れてしまう人が続出しているのではないだろうか。
ボク?伊達にミルファやネイトという二人の美少女と一緒に旅をしてきた訳ではないよ。
それに、リアルでは里っちゃんという不動の存在がいますので。このくらいで心を揺るがせたりはしないのです。
「先に言っておくと、ライレンティア嬢の入室を認めたのは私だよ。リュカリュカと話したいことがあるそうなのでね」
先ほどのこともあって、兄さまの言葉につい身構えてしまうボク。
ローガーたち三人に、さらにはジャグ公子も若干身を固くしていた。
「そんなに警戒しなくても、取って食べたりはいたしませんわ。……ですが、あなたの覚悟次第では敵に回ることもありますけれど」
射貫くように鋭い視線を向けてくるライレンティア。
気迫と想いが込められたいい目をしているね。
だけど、こちとら魔物相手に切った張ったが日常の冒険者だ。遺跡に迷宮といくつもの死線を潜り抜けてきた自負もある。年頃の女の子に凄まれたくらいで臆してあげられるほど柔ではないのだ。
「ふふふ。同姓で同年代の方に私の視線を最後まで受け止められたのは久しぶりですわ。非礼をお詫びします、リュカリュカ様。ライレンティア・リーブラと申します。お察しのこととは思いますが、私も公子妃候補の一人ですの」
微笑みながら挨拶を始めたライレンティアちゃんを見て、改めて学園生活が一筋縄ではいかないことを感じることになるのだった。




