703 若者は時に暴走する
本日二回目の更新です
とはいえ、それくらいで若者の暴走が止まるはずもなく。ジャグ公子殿下はその後も事あるごとにボクへの不信と不満をぶちまけてくれていた。
「いやはや、これはまた随分と吹き込まれているようですな」
「うむ。わしもこうも見事に取り込まれてしまっているとは思ってもみなかった」
「ジャグ殿下ももう一人前と言ってよい年頃だと、少々手綱を緩め過ぎてしまいましたか」
順にジェミニ侯爵、大公様、宰相さんとなる。大公様に至っては頭痛が痛いと言わんばかりの悲痛な表情でこめかみを揉みほぐしていた。
ちょっと宰相さんの台詞が不穏だけれど、彼の役職柄きつい物言いになっても言わなくてはいけない時があるのだろう。
「ところで、リュカリュカ君。やけに静かだけれど、言いたいこととか言い返したいことはないのかい?」
「いえいえ。ボクのような余所者の平民が、天下の『アキューエリオス』公子殿下に向かって物申すだなんて、そんな恐れ多いことできるはずがありませんよ」
ジャグ公子が反応するよりも先にそう言ってサササッと素早く身を引く。
もっともそれは表向きで、『身分差などをひっくるめて不敬に問われないと約束してくれるのなら、ガツンと言ってあげてもいいですよ』と暗に確認を取っていた。
そんなボクの副音声での言葉が聞こえたのか、
「時に立場や身分の違う者から意見を聞くことも重要だ」
「そうですな。こう言っては何ですが、国の要職ともなると人材は限られてきますので、どうしても同じ顔とばかり話をすることになってしまいます。意見や思考を硬直させないためにも、異なる視点を持つ者との会話は実入りとなるでしょう」
侯爵様と宰相さんが地ならしをしてくれる。
「そういう訳だ。何を口にしようともこの場限りのこととなる。存分に語ってくれたまえ」
大公様からのお墨付きともなれば、公子であっても反論はできないのか、それともボク程度が何を言ったところですぐに論破できる自信があるのか。言い返される側となるジャグ公子がごねるようなことはなかった。
さてさて、ここまでお膳立てされたのであれば仕方がないね。好き放題言われてイラっときていたのも事実だし。
「世間知らずで箱入りのお坊ちゃまから何を言われようがどうでもいい、というのが本音でしょうか」
「な、なんだと!?」
「まあ、与えられた情報の分はしっかりと吟味しているとは思いますけど、そもそもそれが一方から見たものでしかないことに気が付かないところで程度が知れるかな、と。今の段階でこれだと、見たいものにしか目を向けず、聞きたい言葉にしか耳を傾けないことになりかねない気がしますよ。ボクはこの国の人間ではありませんが、将来のトップがこれでは正直不安を覚えますね。決して国を割れなどとは言いませんが、対抗馬足りえる人物がいるのであれば、そちらの教育も進めておくことをお勧めします」
ふう。すっきりした。
一方、残るこの場に居た人たちの誰もがここまですっきりはっきりずんばらりんと言い切ってしまうとは思っていなかったようで、侯爵様は冷や汗を浮かべているし、大公様と宰相さんは唖然としていた。
当人であるジャグ公子に至っては感情が揺さぶられ過ぎて臨界突破してしまったのか、酸欠気味な魚のようにパクパクと口を開け閉めするばかりだった。
ただ、一点気になることがあるとすれば、近衛騎士団長がうつむいて肩を震わせていることだろうか。
そのまま戦場に出ることができるようなフルフェイスの兜をかぶっているから、表情などが全く分からないのだよね。
歯に衣着せぬ言い様がツボにはまって、ということなら問題ないのだけれど、逆に怒りを買ってしまっているとすれば大問題だ。
肩書からしていかにも強そうだし、そんな人に「成敗!」と攻撃されたら勝てないどころか逃げることすら難しいかもしれない。
そうして沈黙が部屋の支配者として君臨することおよそ五分、彼を支配者の座から追い落としたのはジャグ公子だった。
「無礼な!俺は権威あるポートル学園に通い様々な身分の者と交流を行っている。断じて箱入りの世間知らずなどではない!」
様々な身分の相手と交流ねえ……。枕に「権威ある」なんて言葉が付く時点で、足切りが行われているような気がするよ。
「ふふん。学園の名を聞いて怖気づいたか」
ボクが考え込んで黙っていたことを都合よく解釈したのか、どや顔を向けてくる公子。
割と本気でこの国の時代が心配になってきた。というか、だんだんと態度が横柄になってきていないかな?もしかして素が出始めている?
「その様子だとブラックドラゴンをやり込めたという例の話もどこまで信ぴょう性があるのか分かったものではないな。大方クンビーラ公主を筆頭に街の者全員が泣きついてその慈悲にでもすがったのだろう。ふん。小国らしい品も格もないやり方だな」
ほほう。どうやらボクは喧嘩を売られているようですよ。
いいでしょう。買ってあげようではありませんか。もちろん力づくで、なんてやり方はしませんとも。どうやら彼は頭の出来に自信があるみたいだし、そちらで完膚なきまでに叩き潰してあげましょうか。
「それならボクと一勝負してみますか。ボクに勝てばブラックドラゴンよりも優れている、ということになりますよ」
ブラックドラゴンに勝ったボクに勝つのだから当然ブラックドラゴンよりも上、という考え方だ。子どもの屁理屈のようなものだけれど、おだてて乗せるときには便利な言い草だったりするのよね。
もっとも、こんなことでおだてられるほどお頭がお花畑な人はほとんどいないので、使い時はとてもとても限られていたりするのだけれど。
「ブラックドラゴンよりも優れている、か。悪くない響きだ。いいだろう。その勝負受けてやる」
……ああ、うん。扱いやすくていい、とポジティブに考えましょうか。
大公様たちも「あんな分かりやすいおだてに乗せられてしまうのか!?」と驚いてはいるものの、止めるつもりはないようだ。
「それでは分かりやすく、あの時と同じ条件ということで構いませんか?」
「いいだろう。ブラックドラゴンと同条件というのが気に入った」
はい、言質貰いました。
そして勝ちも貰いましたー。
おっと勘の鋭いお歴々、彼が既に詰んでしまっていることは胸の内に留めておいてくださいね。
次回からは平常通り、月・水・金の週三回更新となります。
今年は本作を週五回更新に戻すか、『アイなき世界』の更新を再開させることを目標に頑張ります。
引き続きお付き合いいただければ幸いです。




