702 いきなり学園もの?
本日一回目の更新です。
北の大国『水卿公国アキューエリオス』。その首都アクエリオスの東端にある『ポートル学園』は、大陸中央部の『風卿エリア』に存在する『学園都市パーイラ』に次ぐ伝統と格式を誇る教育機関だとされている。
まあ、東の『火卿帝国フレイムタン』にも、西の『土卿王国ジオグランド』にも同様の触れ込みの機関や施設があったりするのだけれど。
そんな国内最高峰のポートル学園だが、最初から学びの場として整備された訳ではなかった。
学舎として使用されている建物は今からおよそ三百年前、時の大公が愛妾のために建てさせたものだったというのだから驚きだわね。
それがまたどうしてこんな劇的なビフォーアフターが引き起こされてしまったのかというと……。
実はこの愛妾、下級貴族の出身のため満足のいく学びを受ける機会が与えられず、辛うじて城の下級侍女の職に就くのがやっと、という状態だったらしい。
その後彼女はなんやかんやあって大公の寵愛を得ることになるのだけれど、それが万に一つの幸運であることも理解していた。
そのため、我が子には多くの学を与えようと国内の、時には国外から識者や知恵者を呼び寄せては教育を施していったのだとか。
教師たちが良かったのかそれとも本人の資質が人並外れて優れていたのか、彼女の子どもは乾いた布が瞬く間に水を吸い上げるかのようにそれらの知識を吸収し、同時に捻くれることもぐれることもなくまっすぐに成長していったそうだ。
さて、成長した愛妾の子――普通に男性だったとも、男装の麗人だったとも言われているよ――だけれど、国内屈指の識者や知恵者に教えを受けてきていただけあって、自分の立場が非常に悪い状況だと理解していた。
愛妾の子なのはまだいいとして、問題は若くして賢人だと各所から褒めたたえられていたことだ。
当時大公には正室との間に後継ぎとなる男児もいたのだけれど、父親の大公からしてアレということもあって、出来の方はあまりよろしくはなかったようだ。
このままだと自分が神輿として担ぎあげられて、最悪国を割る騒動にまで発展するかもしれない。
危機感を抱いた彼は一世一代の大勝負に出る。
大公の相続権を破棄して、さらには生涯独身で子どもをもうけることもしない――実は女性だったのではないかと言われている理由がこれ――ことを条件に、自身の館を開放し、身分を問わず素質ある若者たちを育てることを大公に認めさせたのだった。
ただしこれには諸説あり、元々話の筋が決まっていたいわゆる出来レースだったとする説もあるようです。
何はともあれ、こうして始まった私塾がポートル学園の前身となる。
そして彼の死後、国の手が入り正式に国運営の学園へと移行していったのだった。
「はああああああああ……」
そんな歴史と伝統のある学園の門を前にして、ボクは盛大なため息を吐いていた。なぜなら、本日この時より、ポートル学園に通わなくてはいけなくなったからだ。
あまり思い出したくもない記憶なのだけれど、語らない訳にはいかないので少しの間回想に付き合ってくださいませ。
それではスタート。
ほわんほわんほわんほわん……。
それは首都に到着してから二日後のこと。知り合いに顔を合わせに行くというジェミニ侯爵に連行されて、なぜだかボクまで登城することになってしまった。
食と住のお世話になっていることもあって断ることができなかったのだ。
あの首都の入口でのやり取りから、街中であっても安全とは言い切れないと侯爵様たちもボクたちも判断せざるを得なくなった。
しかしながら土地勘もなければ知り合いもいない。どうしましょうと顔を突き合わせていると、侯爵様の「それなら我が屋敷に逗留するといいだろう」という鶴の一声でお世話になることが決定してしまったのだった。
「ぐぬぬ……。思えばこれを見越してのことだったんですね」
小さなテーブルを挟んで居並ぶ面々に、思わず過去の迂闊な自分を叱り飛ばしたくなってしまう。
侯爵とともに案内された小綺麗な応接室、そこでボクたちを待っていたのは、『水卿公国』のトップである大公その人、彼の護衛を務める近衛騎士団長、国の政策の実質を取り仕切っている宰相、そして何事もなければ次期大公が確定している嫡男公子という、そうそうたる顔ぶれだった。
「お初にお目にかかります。冒険者のリュカリュカ・ミミルと申します」
後悔を続けていたところで状況は改善しない。ジェミニ侯爵によるそれぞれの紹介が終わったところで、円滑な交流を図るべく名を告げて深々と頭を垂れる。
挨拶は人間関係の基本だからね。ついでに視線を外すという無防備な姿をさらすことで「敵対する意思はないですよー」と暗に示して見せる。
「遠いところをよく来てくれたな。それとストレイキャッツの件はよくぞ被害なく治めてくれた。どれほどの騒ぎとなるのか想像もつかぬゆえ公表できてはおらぬが、知らず救われた民たちに代わって礼を言うぞ」
「ち、父上!?」
温和な表情と口調で告げる大公様に、公子殿下が目を見開く。
「自国の者であればいざ知らず、そこの馬の骨とも分からない冒険者風情に、大公たる父上がそのようにへりくだるべきではありません!」
「へりくだっているわけではない。感謝の気持ちを述べたまでだ」
「それがダメだと言っているのです!ましてやこやつはクンビーラと縁があるどころか、ブラックドラゴンが守護竜となったなどという与太話の関係者だというではありませんか。はっきり言って信用がなりませんな。ストレイキャッツのこととて本当なのかどうか怪しいところです」
おー。随分とまあ、はっきりと言う公子様だねえ。
だけど、この場でそれはちょっとどころじゃない失言だったかな。
「では、私もまたジャグ殿下から信用されてはいないということですな。いやはや誠に残念なことです」
「ジェミニ侯爵?どういうことだ。長年国防の最前線で体を張っている卿のことを信用していないはずがないだろう」
「ですが、このリュカリュカから話を聞いて報告書に仕上げたのは、間違いなく私ですからして」
そう。ボクのことを疑うということはジェミニ侯爵の判断も疑うということになってしまうからだ。
「ふむ……。そういう意味であれば、その報告書を真だと判断して殿下方にお渡しした某にも責がありそうですな」
便乗するように宰相さんまでそんなことを言い始める始末だ。
「こらこら。滅多なことを言うものではないぞ。今お前たちに辞められたら国が立ちいかなくなってしまうからな」
笑いながら大公様が割って入ったことでこの件は幕引きとなるも、公子様は年配者たちに大いに借りを作ってしまうことになったのだった。
18:00にも更新アリマス。




