692 まだまだ未熟
後がないあちらの意向に従ったのか、それともただ好戦的な性格だったのか。いずれにしても魔物の襲撃は苛烈なものとなった。
とはいえ、ジェミニ侯爵が選んで連れて来ただけあって護衛隊の面々は歴損の強者揃いだし、ボクたちを除いた冒険者たちも高等級なベテランばかりだ。
自分たちの倍以上の数の魔物の群れに連続で攻め立てられても、戦列が崩壊することはなかった。
むしろボクたちが一番苦戦して、皆の足を引っ張ってしまっていたように思う。それでも何とか耐えられたのは、ことあるごとに冒険者たちがフォローに回ってくれていたからだった。
「抜かされてしまってごめんなさい。ヘルプありがとうございました」
受け止めきれずに突進で防衛線を突破してきたファッショナ・ブルを一刀の下に切り捨てた男性冒険者に礼を述べる。
まるで待ち構えていたような絶妙な位置にいたことについては気にしないことにしようと思います。
「なに、若手の手助けをするのもベテラン冒険者の務めってやつだからな」
そういいながらもチラチラと視線をさまよわせる彼。
……ああ、この人タマちゃんズの触れ合いコーナーの常連さんだった人だわ。それでいて合間には模擬戦でエッ君たちの相手も務めてくれていた。
「……町への到着時間次第になりますけど、うちの子たちとも顔を合わせる時間を作ろうと思います」
「そ、そうか?当然のことをしたまでだから気にする必要はないんだぞ」
謙遜しているつもりのようですが、お顔は明らかに笑みが濃くなっているし声もはずんでいる。喜んでいるのが一目瞭然だ。
うーむ……。依頼によっては交渉が必要になることもあるので、経験豊富な高等級の冒険者ほどポーカーフェイスが得意――他にも、冷静沈着で頼りがいがあると依頼主に思わせる効果などがあるよ――になっていくはずなのですがねえ。
「いえいえ。直接お礼を言うのも当然のことですからね。その代わりと言っては何ですが、こちらの作戦が上手くいった時には、褒めてあげてください」
「そういうことなら任せてくれ!」
そういうと彼はニカッと今日一番の笑顔を見せてくれた。もしもボクが年上のオジサン好きだったならば、キュンと恋に落ちていたかもしれない。
まあ、実際にはそんなことは起きない訳ですが。
その後は、「リュカリュカちゃんのテイムモンスターたちが無事に作戦遂行できるように、近付いてくる魔物は全て蹴散らしてしまえ!」と大いに張り切る冒険者たちの勢いに引っ張られる形で、終始優勢で魔物を撃退していったのだった。
そうしてこの戦いにもそろそろ終わりが見え始めた頃、
「うひいいいいいぃぃぃぃ!?」
「ぬぐおおおおおぉぉぉぉ!?」
「ぎにゃああああぁぁぁぁ!?」
少しばかり離れた場所から数人分の悲鳴が聞こえてきたのだった。
「例の犯人を発見した可能性アリです!」
「こちらでも把握した!こちらは任せてやつらの確保に動いてくれ」
ずっと肩を並べて戦っていた副隊長さんから持ち場の移動、つまりはチーミルたちを助けに行く許可が下りる。
「みんな、エッ君たちが反撃されないように応援に行くよ」
もっとも、あの魂削る悲鳴の様子から戦意を失ってしまっている可能性も高そうだけれど。
十中八九、ラブリーなタマちゃんズの「にゃーん」な鳴き声に感極まってしまったのだろう。それならそれで楽に捕らえることができるだろうから、願ったり叶ったりとも言えるけれどね。
「でも、油断だけはせずにいきましょうか」
足を掬われるなんてことになったらシャレにもならない。ただでさえ五十センチほどの背丈の雑草が生い茂っていて、足元が確認し辛いのだから。
水気がなくて地面自体はしっかりと踏みしめられるのはありがたいかな。
巨大な湖が近くにあるので意外に思われるかもしれないけれど、実はウィスシー周辺の土地はどちらかと言えば水捌けが良過ぎるそうで、広大な平原と水源があるにもかかわらず開拓が進んでいないことにはそうした点が理由にあるのだとか。
まあ、半分くらいはプレイヤーが半端な知識でも農政チートできるように、というゲーム的な配慮の結果だろうね。
さて、そんな足場が良いようで悪い地形――緩くはなくても、多少の地面の凹凸はあるのです――を駆け抜けること数十秒。ところどころに見えていたこんもりと盛り上がった小山の一つ、その裏側に連中はいた。
それは三人の男たちだった。聞こえてきた悲鳴の数とも一致するね。
腰が抜けてしまったのかその場から動くこともできずに「にーにーみゃーみゃーなーなーわんわん」と可愛らしい声で大合唱しているタマちゃんズに取り囲まれている。
あれ?
わんわん?
その後ろにはチーミルとリーネイ、そしてエッ君が目を光らせていたが、これは男たちの逃亡対策というよりはタマちゃんズが迷子になるのを防ぐため、という意味合いの方が強そうな気がする。
言うことを聞いてくれるとはいえ、あの子たちって基本的にはフリーダムだから……。
そんな彼らだが、ガタガタと震えているどころか恐怖で上手く噛み合わないのか歯をガチガチと鳴らしていた。背景を雪山に変更すれば遭難して凍えている映像としてそのまま使えるのではないだろうか、などと思えるほどの震えっぷりだった。
「この調子だと思った通り、テイマー系の上位職でボクの知らない技能で魔物を操っていた、なんて線はなさそうだね」
何を隠そう、ボクが一番危惧していた展開というのがこれだった。
昨日今日と襲い掛かってきた魔物からはテイムモンスターが抱くマスターへの忠誠心のようなものは感じられなかったものの、上位職で取得できる技能の中に例の薬のような一時的に魔物を操るといったものが含まれていないとは断言することはできていなかった。
その上効果自体は似たようなものでも、当人がその場にいるため再度上書きするといったことが可能になるかもしれない。
魔物の行動が単調なものばかりだったために対処できていた部分も少なからずあったので、臨機応変に魔物の行動が変化するとなれば苦戦は必至だと不安に感じていたという訳です。
それも杞憂だったと言えそうだけれどね。
何せタマちゃんズ以上に希少度の高いエッ君――見た目はアレですがれっきとしたドラゴンです――やチーミルにリーネイ――存在自体が珍しい特別人形です――には目もくれずにひたすら震えているのだもの。
もしもこれが演技でこちらを油断させるためのフリだったなら、ボクは素直に称賛の言葉を捧げてあげますよ。
わんわん?




