691 別働隊、出撃!
味方までパニックになってしまっては元も子もないので、急いであぶり出し作戦について説明と許可を求めたところ、ジェミニ侯爵からは「存分にやるといい」とゴーサインを頂くことになった。
その際、彼だけではなくその場にいた全員が満面の笑顔を浮かべていたことは、心の中の宝箱という名前の隔離空間へと押し込めて忘れてしまおうと思います。
離れた位置で迎撃作業に当たる一部の武官と冒険者たちには侯爵の方から連絡を回してくれるそうなので、ボクはそのまま担当場所の隊列後方へと戻ることにする。
「いかがでしたか?」
「まったくもって問題なし。むしろ皆乗り気だったよ」
「まあ、当然の反応だと思いますわ」
「一方的にやられるばかりだった状況を引っ繰り返せるかもしれないですからね」
苦笑いをしながらも、想定内の中でもドストライクな反応だと言うミルファとネイト。
ボクとしてもそうなることを期待している部分は大きいので否はない。
「それじゃあ、さっそく始めようか。おいでませ、みんな!〔共闘〕!」
技能名を叫んだ瞬間、アコを除いたうちの子たちが全員集合する。
座敷童ちゃんと翡翠ヒヨコが混ざっているのは、その場のノリというやつだろうね。せっかく出てきてくれたのだから、これまでと同様に馬をなだめる役に回ってもらおうかな。
この〔共闘〕は<デスティニーテイマー>になったことで取得することができた特別な技能だ。
効果は待機させているテイムモンスターを最大一パーティー分まで――要するに六体だね――呼び出して一緒に戦うことができるという強力なものだった。
まあ、これまではなんやかんやあって使用するのをすっかり忘れていた不遇の技能でもあります。
いや、あのね、言い訳をさせてもらえるなら、この〔共闘〕には熟練度がなくてですね。それでついつい忘却の彼方になっていたと言いますか、とにかくゴメンナサイ。
「やはりアコは出てこられないようですわね」
「アコ本人は無理だけど、配下にして迷宮に住まわせている魔物なら出せるみたい。もちろん無制限にっていう訳にはいかないみたいだから、状況に応じて最後の切り札にでもなってもらおうかな」
アコの話によると、最大戦力のイフリートなら一分ほど出現させることができるらしい。
たかが一分だけど、されど一分でもある。タイミングを間違えなければこれ以上ない助っ人になってくれるだろう。
「何気にわたくしまで出張るのは久しぶりですわね」
「うふふ。腕が鳴ります」
久しぶりの出番にチーミルとリーネイもやる気になっている。本当は彼女たちにももっと出番を増やしてあげたいのだけれど、本体のミルファとネイトに負担を強いてしまうのが悩みの種だ。
特別人形の性質ゆえか、意図的に遮断しようとしないと二人分の感覚が入り混じってしまうらしいのよね。
この感覚共有のオンオフをいかに適切に切り替えていくのかが傀儡師系職業の腕の見せ所となるようなのだが、いかんせんうちのパーティーメンバーは二人ともそれに当てはまらないため、感覚共有が足を引っ張ってしまうことも多々起きてしまうのだった。
「チーミルとリーネイには魔物の撃退じゃなくて別の仕事をお願いしたんだけど」
「別の仕事、ですか?」
「うん。エッ君とタマちゃんズと一緒に、近くに潜んでいるだろう薬で魔物を操っているやつらをあぶりだして欲しんだ」
現状、ストレイキャッツの対策は『冒険者協会』の本部が主導して各地で実証実験が行われている最中であり、まだ公にはされていない。
可愛い子猫ちゃんが足元で「にゃーん」と鳴けば、それはそれは盛大に喜びの絶叫を発してくれることでしょう。
「なるほど。確かにそれは草むらに潜むことができる大きさのわたしたたちが適任ですね」
加えて、リーネイならばネイトが習得している〔警戒〕技能を用いることで、該当の人物を探すこともできる。発見できる確率はかなり高いのではないかと思うのよね。
「という訳で、エッ君。これはボクたちが嘘つき呼ばわりされることになるかどうかを決定づける大事な任務だから頑張って!」
いつもと同じく戦闘メンバーに選ばれるつもりでいたのか、密かにガビーンとショックを受けていたエッ君に発破をかける。
もちろん彼に言ったことは本心で、今回の魔物襲撃について確たる証拠を揃えていなければ、タカ派貴族は白を切るどころか虚言や自作自演だと言って逆に責め立ててくるだろうと考えていた。
まあ、実行犯をとらえたところで「そ、そんなやつは知らない……」と切り捨てて言い逃れをするのがオチのような気もするのだけれどね。
それでも「いざという時に守ってくれない主人だ」と印象付けることができれば、従おうとする人間は少なくなるはず。
そうした点からもエッ君たちの任務は非常に重要なのです。
ボクの説得に加えて仲間たちの応援もあって、エッ君はすっかりやる気になってくれた。
え?いやいや、そんな。チョロイとか思ってないですよ。後で「ご飯あげるから」と言われても知らない人について行ってはダメだよ、とお話ししようと思ったくらいで。
魔物たちが接近してくるよりも先に、エッ君たちがサササッと草むらへと突撃していく。
人形二体に引率された子猫たちと卵ドラゴンという、ファンタジーよりもファンシーと言った方が妥当に思える見た目だったけれど。
「見つけられるといいな」
「そうですね。まあ、首尾よく魔物を操っていた連中を発見できたとしても、既に接近してきている魔物を追い払うような真似はできないでしょうから、ボクたちの苦労は変わらないんですけどねー」
「そうなんですの!?」
武官のナンバーツー、護衛隊副隊長さんの言葉に軽い調子で答えると、思わぬところから驚く声が聞こえてくる。
「……どうしてミルファが驚くかな。操っているとはいっても薬を使っているだけだから、テイマーのように細かく指示を出せるようなものじゃないんだよ」
事実三十路直前おじさんが操っていたブレードラビットたちも、ボクを襲うという単純な命令しか遂行できてはいなかった。
リーヴをテイムするきっかけになった事件だから、ミルファは何度かこの話を聞いているはずなのだけれど。
ばつが悪くなったのか、当の本人はそ知らぬふりをして明後日の方を向いていた。
「顔が赤いのバレバレだし」
「分かっているのでしたら、そっとしておいてくださいまし!」
「二人ともそこまでです。そろそろ魔物の撃退に集中してください。ただでさえ今回はエッ君がいないんですから、油断してはいられませんよ」
じゃれるように言い合うボクとミルファをネイトが注意する。
平常そのものといったボクたちのやり取りに、すぐそばにいた護衛隊の体からも余計な力が抜けていく。
「やれやれ。気を使わせてしまったようだな」
……えっと、うん。そういうことにしておきましょう!




