690 意外と上手くいくもので
その後、戻ってきたジェミニ侯爵たちも加わってそれぞれの持つ情報の交換と共有が行われ、明日以降の対策が話し合われた。
躊躇なく同じ卓を囲むように席に着いた侯爵には驚かされることになったけれどね。身分差などにこだわっている時ではないと判断したのかな。さすがは国防と流通の最前線を任されているだけのことはあるかな。
だけど、よくよく考えてみればジェミの街に到着したばかりのボクたちと直接会ったりしているのだよね。ストレイキャッツのことだとかクンビーラのブラックドラゴンのことがあったとはいえ、ちょっとばかり不用心だと思わなくもない。
そしてボクですら思いつけるのだから、対立していて些細なことでも揚げ足を取ろうとしている連中からは格好の攻撃材料となっているのではないだろうか。
まあ、そうしたことは織り込み済みでやっているのかもしれないのだけれど。
話を戻そう。ジェミニ侯爵たちの会談の方は案の定と言いますか予想通りと言いますか、やはり芳しいものではなかった。
ボクたちが撃退したものを除くと、ピスケス領内において魔物の襲撃はおろか十体近くの群れになっていることすら発生していなかったのだ。
相手が相手だけに嘘つき呼ばわりされるようなことはなかったが、宿場町の管理担当者からは、かなり胡散臭そうなものを見る目つきで見られたらしい。
「うわあ……。用意周到だなあ。仮に侯爵様の襲撃が上手くいかなくても、ピスケスとジェミニの対立が激化するように仕組まれていそう」
ピスケス側からすればありもしない非難をされたことになり、ジェミニ側からすれば碌に話を聞かなかったことで間接的に命を狙われたということになる。
管理担当者が買収されている可能性は低いだろうが、ジェミニ領への心証が悪くなるような噂話が彼の耳に届くようにはなっていたのではないかな。
「なぜ、買収されていないと思うのかね?」
「え?だってジェミニ領に食料をたかるためだけに頻繁に軍をタフ要塞に駐留させようとしているんでしょう?そんな貧乏なタカ派貴族に他領の人間を買収できるようなお金があるはずないじゃないですか」
侯爵からの質問に当然のことだと答えると、どっと笑いが巻き起こる。執事さんまで後ろを向いて肩を震わせている辺り、かなりウケたもようです。
「はっはっは。確かにあいつらに買収に使えるような金の持ち合わせはないな。もしもあるとすれば……、間違いなく国への背信となるものだろう」
わーお。安定の最低評価っぷりですね。
「目的は……、対立を煽ることでタカ派への包囲網を作らせない腹づもりか」
「例え作ることができたとしても、互いに疑心暗鬼であれば背中を任せることはできますまい。必然的に綻びが生まれることになるかと」
呟いた侯爵に最年長の文官が異なる展開も示唆する。
タカ派とすれば身動きが取り難くなってしまうから、侯爵が言ったように包囲網が作られることを防ぎたいところだろう。
ただ、その裏で絵を描いているかもしれない人物にとっては、文官さんが想像したその先、タカ派も含めて全ての派閥や勢力が互いに監視してけん制しあう状況を望んでいるようにも思える。
最終的には内乱を誘発させて、国を分裂させようとしているのかもしれない。
それからも話し合いは続いたものの、魔物の襲撃に対してはこれといった妙案が浮かぶことはなく、できる限り進行速度を速めることで襲撃回数を減らそうという、消極的な方針となったのだった。
ところが、蓋を開けてみるとこれが思いの外上手くはまった。
馬車を引き、人を乗せている馬たちの負担が一番の心配事だったのだが、魔物を撃退する際の時間がちょうど良い休憩となっていたようで、昨日よりもさらに速度を速めていたにもかかわらず、途中でダウンするようなことはなかったのだった。
馬たちが魔物に怯えないように、襲撃されるごとに献身的な世話を行っていたジェミニ侯爵を始めとした非戦闘員の活躍があってのことだった。
座敷童ちゃんも彼らと一緒になってよく頑張ってくれていました。ほんま良い子やで……。
「後は隠れている魔物を操っている連中をあぶり出すことができれば御の字なんだけど……」
「あまり欲張るものではありませんよ。今は無事に次の宿場町に辿り着くことだけを考えましょう」
今日をしのげば残る道のりは約一日となる。加えてピスケス領から今度は首都アクエリオス近郊の大公家直轄地に入ることになるので、これまでのように魔物をかき集めるようなことはできなくなるはずだ。
「そうなりますと、今日の内に決着をつけようとこれまで以上に大量の魔物を仕向けてくる可能性もありそうですわね」
おーう……。ミルファさんや、そんなフラグが立ちそうなことを言うのは勘弁してください。
この一言がいけなかったのか、それとも敵は元よりそのつもりでいたのか。お日様の位置が空の天辺よりも大地との接点の方が近くなった頃、ボクたちはそれまでの襲撃とは段違いの数の魔物の存在を察知することになる。
「総力戦、というところでしょうか」
「今日の宿場町は領境の検問所も兼ねているという話だったからねえ。ここで仕留められなければ後がないと思ったのかな」
それなら諦めてくれればよかったのだが、向こうの連中はそうは考えなかったようだ。まったくもってはた迷惑なこと極まりないです。
「ですが、侯爵様の策が上手くいったこともあり、昨日よりも戦闘回数ははるかに少なく済んでいますの。わたくしたちの消耗も少なく抑えられていますから、数が多いだけの魔物など恐れるに値しませんわ」
ミルファは剛毅だねえ。まあ、それくらいの気概がある人がいる方が、気持ちで押し負けることがなくていいのかもしれない。フラグを立てちゃったかもしれないことについては、無事にこの戦いを終えることができたら忘れてあげるとしましょうか。
うん?これだけの魔物を投入してきたということは本日最後の戦いとなるのかも。
それならここは一つ、切り札を切ってみることにしましょうか。上手くいけば隠れ潜んでいる首謀者を、明るいお日様の下に引きずり出すことができるかもしれない。失敗しても意趣返しはできることだろうしね。
ふっふっふ。楽しみにしているといいよ。




