689 伏線が繋がっていく
ストレイキャッツをけしかけたという前科がある以上、ジェミニ侯爵の被害が本当に魔物によってもたらされたものであったとしても、タカ派に疑惑の眼が注がれることになるだろう。
もしかすると言い訳の口上すら言わせてもらえないかもしれない。
「罪を重ねるだけになっていることにすら、気が付いていないんだろうなあ」
少々憐れにも思えるけれど、彼らが望んでいるように戦争が起きてしまえば、比較にならないほどの被害が出て不幸がまき散らかされることになる。
それならば企んでいた本人が罰せられる方が、自業自得となる分だけはるかにマシというものでしょう。
「すっかりやつらの仕業であることを前提に話をしていたが、全てを合わせれば今日だけで襲ってきた魔物の数は百に届きそうなほどだったぞ。それほどの数の魔物を従えることなど、できるものなのだろうか?」
所変わってここは本日のお宿の食堂です。食事の準備ができたという連絡を受けたボクたちは、そのままたむろっていたロビーから食堂へと移動してきたのだった。
お宿自体をジェミニ侯爵が借り上げていたから、他の宿泊客の迷惑になるようなことはなかったのだけれど。
ちなみに、先ほどの話の続きが気になっているのか、侍女さんを含め宿に残っている全員が参加しています。
まあ、皆の気持ちはよく分かるよ。場合によっては今日のような魔物との連戦が明日以降も続くことになるかもしれないのだからね。
「今日の魔物たちはテイマー職の人間がしっかりと〔調教〕していた訳ではありませんよ。多分、薬か何かでもって従わされていたんだと思います。そういう意味では誘導に近いといえるのかも」
「魔物を従える薬だと?まさかそんなものが――」
「あるんですよ。実物を見てはいませんけど、それを使って大量の魔物をけしかけられたことはあります」
誰かが口にしていた疑問の言葉を遮るようにして言い切る。
さてさて、覚えている人はいるでしょうかね?初めてクンビーラの街の外に出て依頼を熟していたところに、ブレードラビットの大群をけしかけてきた、三十路手前おじさんの手口ことだ。
色々な意味で衝撃だったあの時のことは、ボクにとって決して忘れることができない思い出の一つとなっていた。
ブレードラビットという初期の弱い魔物だったこと、〔槍技〕など技能の熟練度を上げていたこと、エッ君という仲間がいたこと、偶然リーヴと出会えたこと等々の理由から運良く生き残ることができたけれど、一つでも状況が違っていたらそのまま死に戻りしていたかもしれない事件だった。
そのおじさんだが、彼はあの時ブレードラビットのことを「操っていた」と言っていた。
「本人は今でもクンビーラの牢屋に捕らえられているはずですけど、魔物を操ることができる薬の詳細を知っているのが彼だけだとは到底思えないので」
大っぴらに世間に出回っているものではなくても、とある一族だとか特定の集団に密かに伝わっているというのは、十分にあり得ることだと思う。
『どくどくへびさん』こと『毒蝮』に暗殺されかかったことから、おじさんも『武闘都市ヴァジュラ』の『闘技場主』なる人物と繋がりがあったと考えられる。闘技場は対戦させる魔物を常に必要としている場所だから、魔物を操る薬をこっそりと開発していてもおかしくはない。
今さらながらに思い返してみると、ストレイキャッツもその薬を用いてどこからか誘導させられてきたのかもしれない。
そしてヴァジュラはジェミニ領と仲が悪いタウラス領と国境を接している。そちらのルートから例の薬がタカ派に渡ったというのは十分にあり得る話だろう。
ただし、この仮説だと黒幕っぽい第三者がどこまで関わっているのかが未知数なのよね。最悪、さらなる第四者が存在するかもしれないと頭の片隅に置いておくべきかもしれないです。
「隠れ潜んでいるだろう、その薬の持ち主を見つけ出せなければ延々と魔物に襲われ続ける、ということでしょうか?」
配膳役を買って出てくれていた侍女さんが質問してくる。
余人にはあまり聞かれたくない内容だったからね。料理を運んでもらった後は食堂の出入りを禁止としてもらったのだ。
「一応、手持ちの薬を使い切らせられれば、それ以上の手立てはなくなるでしょうが、そうなるまでにどれだけの魔物と戦わなくてはいけなくなるのか分からない以上、良い手立てとは言えないと思います」
魔物をかき集める必要があるためなのか、それとも再出現というゲームのシステム面での都合によるものなのか、連戦と言っても一回ごとにそれなりの時間的猶予があったのが救いかな。
それでも終わりの見えない事柄というものは精神的な消耗が激しいから、できれば避けたい方針だわね。
「だが、ジェミニ領であればまだしも、ここは他人の領地だ。街道のすぐそばならばともかく、それ以外の場所を勝手に探索などはできないぞ」
「町に被害が出ていないのであれば、なおさらだろうな」
「せめて閣下の名前と顔が知られているアリエス領でなら、手の打ちようもあったのだろうが……」
元々仲が良いお隣同士だったことに加えてレイクヒルを活性化させた手腕も相まって、アリエス領民のジェミニ侯爵人気は、時に領主であるアリエス侯爵を上回るほどなのだとか。
対してピスケス侯爵とは敵対はしていなくても仲が良いとは言い難いという可もなく不可もない間柄なので、領民からの人気も至って普通であるらしい。
「片や首都のすぐ近くに居て大公様の信頼厚い右腕的な存在、片や国境という国防の最前線を任されている立場だからな。お互い張り合う部分が出てくるのは当然のことだぜ」
さすがはあちこちと動き回ることもある冒険者。ジェミニ侯爵とピスケス侯爵の関係を簡潔で分かりやすく説明してくれた。
「ほうほう。そういうことなら、あえてこちらがピスケス領に入るまで待っていたのかもしれませんね」
「現地の人間と協力して犯人捜索をさせないためですか……」
「逆に言えば、現地の人であればすぐに思いつく程度の場所に隠れている、ということになるのだろうけどね」
そこに辿り着けないのであれば意味がないのだよなあ。
今回の敵側には悪知恵が働く者がいることだけは間違いなさそうです。




