687 成長の証
とっさに思い浮かんだ選択肢は三つだった。
一つ、逃げる。
二つ、避ける。
三つ、躱す。
……いやいやいやいや。実質一択じゃないのさ、ボク。
しかも二メートル近い横幅がある巨体が既に目前にまで迫ってきているのだ。棒立ちの状態だったこともあって、避けるための動作が間に合いそうもなかった。
ならば諦める?
論外だね。
せめて一矢報いる?
ノンノン。それでは『土卿エリア』の山中でローブの人物に追い詰められた時と変わらない。例え見苦しかろうとも最後の最後まで生き足掻いて初めて、あの時とは違うのだ、成長したのだと胸を張れるというものでしょう。
「こんなところで……」
ほとんど無意識に得物を握る手に力がこもる。
「負けてたまるかあ!」
ねじるように体を半回転させて、背後に迫る巨大牛に向かって龍爪剣斧を振り回す。振り切る勢いに遠心力が追加されたその一撃は、吸い込まれるように斧刃が側頭部へと命中していた。
そしてそのインパクトの瞬間、ボクは意図的に全身の力を抜いていた。
後から思い返してみると、上手くいきすぎだったというか、むしろ都合の良い展開になっていたように思う。
多分ゲーム的なサポートが働いたのではないかな。側頭部に打ち込まれたことでファッショナ・ブルの進行方向が少しだけズレて、さらに全身の力を抜いていたことで踏ん張ることができなかったボクの体もまた少しだけ立ち位置がズレることになる。
結果、肩をかすめるようにしてファッショナ・ブルはギリギリを通り抜けていくことになったのだった。
その後?リーヴの闘技によって動きを止められた大きな牛さんなんて、ただの的でしかないよ。まあ、鋭く尖った角によるかち上げは相変わらず脅威であるから、遠距離からの攻撃が中心となったのだけれどね。
そんな訳でこちらからの一斉攻撃により、ドロップアイテムへと変化することになったのでした。
そういえばアイテムドロップを短縮設定、つまりは魔物を倒すだけでアイテムに変化してアイテムボックス送りになるようにしたままだったっけ。
運営から公言されていたし、大勢の有志プレイヤーたちの検証によって、手間暇のかかるやり方の方がアイテム取得率は上がるようになっていることが明らかになっているのよね。
さすがに〔解体〕技能まで習得するつもりはないけれど、簡易設定に戻して初心者用ナイフをプスリとさせることくらいはした方がいいのかもしれない。
特にレア扱いで入手率が低く設定されている魔石類は武具の強化にも使えるし、いざというときにはお金代わりにもなる。
持っていて損はないだろう。
とはいえ、それもこれも一旦落ち着いてからの話だ。今のように戦闘が相次ぐ状態では、のんびり剥ぎ取り作業を行うこともできないのだから。
え?まったりとした旅だったはずなのに、どうしてこんなに急変しているのか?
……おおう!?その辺りのことは説明できていなかったね。
もっとも、ボクたちにも詳しいことはよく分かっていないのだけれど。
あれはレイクヒルを出発して数時間後、もうすぐお昼になろうかという頃合いのことだった。アリエス領を抜けて今度はピスケス領へと入った直後、突然次々と魔物が襲ってくるようになったのだ。
その勢いはすさまじく、本来はお客様であるボクたちまで出張らなくてはいけなくなってしまったほどだった。
唯一救いだったのは、ファッショナ・ブルやカブキワニ、ファットマウスにグラスフォックスといった何度も戦い倒したことのある既知の魔物ばかりだったことかな。
仮にストレイキャッツのような攻略法が分かっていなかったり、見たこともない未知の魔物が現れたりしていれば確実に詰んでいたことだろう。
「えーと、違うとは思いますけど確認のために一応聞いておきますね。ピスケス領って普段からこんなに魔物が多い土地なんですか?」
二十体を超える数だった最初の襲撃を防ぎ切った後に尋ねてみたところ、冒険者たちのリーダーに護衛隊隊長、さらにはジェミニ侯爵からまで「そんな訳があるか!」という答えが返ってきたのだった。
「ここより北、ウィスシーの東側には首都アクエリオスとそれを取り囲むように大公家の直轄地があるのだ。つまりピスケス領は首都を守るための最後の砦の役割を果たす土地でもある。魔物が大量発生しているなどということはあり得ない。いや、あってはならないことなのだ」
そう解説してくれた侯爵の顔には、困惑の色がありありと浮かんでいた。
そんな重要な場所を任されているだけあって、領主のピスケス侯爵は『十一臣』の中でも大公家からの信頼が高く、また血縁関係も濃いそうだ。
いや、むしろその逆で、信頼が厚くて血が濃いからこそピスケス領のある土地を任されている、と言えるのかもしれない。
ちなみに、首都を守る最後の砦というのは、陸路で他国から攻め込まれた場合を大前提としている。そのため、大船団でもって首都近くに直接大軍を送り付けるようなことはおろか、自国の貴族たちによる反乱で背後、北側から強襲されるということを全く想定していなかったりするのよね。
まあ、これは三つの大国の全てに言えることなのだけれど。
アンクゥワー大陸に存在する三つの大国はそれぞれ『風卿エリア』と接する形で半島状になっているため、どうしても根本側へと防衛拠点を築きがちになってしまうという訳です。
『水卿公国アキューエリオス』であれば南側、『土卿王国ジオグランド』は東側、そして『火卿帝国フレイムタン』では西側に、といった具合だ。
ともかく、それだけ異常事態ということであるようで、これまでのようにのんびりと進むのではなく、十分に用心しながらできる限り先を急ぐという方針に切り替えることになったのだった。
「うーん……。一度に出てくる魔物の数は減っているけど、襲撃の頻度自体はむしろ上がっているような?」
アイテムボックスに送られたドロップアイテムを確認しながら、これまでの戦闘を思い返してみる。
実は先ほどの戦いで本日五度目の襲撃となっていたのです。ただし二十体を超える大集団だった初回とは違い、二度目以降は十体前後に減少していたけれど。
それでも二度目よりも三度目、三度目よりも四度目といった具合で、徐々に襲撃の間隔が短くなってきているように思える。
本日の宿となる宿場町へ到着するまでに、もう一波乱くらいは起こりそうだわね……。




