686 戦いは続くよ
異変が起きたのは翌日のことだ。
レイクヒルを出発してしばらくの間は平穏だった。これまでと同じく散発的な魔物との遭遇と戦闘は起きていたものの、ボクたちに出番はなくジェミニ侯爵配下の武官や冒険者たちによってあっさりと撃退されていたくらいだ。
ああ、でも別の意味で出番はあったと言えるかもしれないね。
戦闘が発生する度にどうしても進行は止まってしまうため、その間の暇つぶしに街道近辺に生えている薬草の類を採集していたのだ。
で、移動中はあてがわれた馬車の中でゴリゴリと調薬作業を行うというのがこのところの日課となっていた。いや、外の景色を見たりもしていたのですけれどね。あまり変り映えがしないため、すぐに飽きてしまったのですよ。
買い込んでおいた薬品類、特に傷薬系を節約することができたため、実質この旅のまとめ役である執事さんからは大変感謝されることになりました。彼以下、侯爵配下の皆様方からの扱いが日増しに良いものになっていくことには苦笑せざるを得なかったけれどね。
まあ、彼ら彼女たちからすればボクたちはどこの馬の骨とも分からない怪しい人間ですから。警戒するのは当然で、それを薄めることができたのは良かったことなのだろうと思う。
いやはや、非常事態になってみると、そのありがたみが身に染みてよく分かるよ。
「後方から向かって来るのはファッショナ・ブル五体か。二体そちらに回してもいいか?」
「問題ないです。二体なら十分に止められます」
「頼む。こちらが終わり次第救援に駆け付ける。行くぞ!」
それだけ言い残して、四人の武官たちは馬で駆け出していく。隊列に接近される前に魔物を誘導して、その機動力も活かして倒すという方針のようだ。わだかまりを持たれたままだと、こんな会話をすることすらできなかっただろうね。
余談ですが、先ほどボクと会話をしていたのが護衛隊の副隊長さんに当たるお人です。隊長さんは残る護衛隊を率いて正面からの魔物に対処しているはず。
両側面は冒険者たちが担当することになっており、今頃は隠れ潜むようにしていた三体のカブキワニ――いや、派手過ぎて〔警戒〕技能を使うまでもなく草むらに居るのがバレバレだったけれど――と交戦しているところだろう。
さて、ボクたちですが、武官の彼らのように馬に乗っている訳でもないので基本的には迎撃戦となる。
しかしジェミ近くで討伐依頼をこなしていた時とは違い、背後にはボクたち含め一行が乗った馬車がいる。そのため、ファッショナ・ブルの突進を確実に止めることが求められていた。
「リーヴの広範囲防御技がこの作戦の要だよ。頑張って!みんなは少しでも突進の勢いを緩めさせることを念頭に誘導をお願い」
「さっそく難題が飛んできましたわね」
「いえ、結局はいつもとやることは同じですよ。前足のどちらか片方に攻撃を集中させて、突進のスピードを落とせばいいのですから」
まあ、そういうことだね。ただし【クレバーウォール】は範囲が広い代わりに、リーヴが普段よく使う【ハイブロック】よりは脆いという欠点がある。
「場合によってはボクとミルファとエッ君は遠距離攻撃を仕掛けた後に前に出て、すれ違いざまに直接攻撃で削る必要があるかもね」
使えるというメンバーは多いものの、ネイトを除いてボクたちのパーティーは魔法攻撃が得意だとは言い難い。彼女を基準にするとボクで約半分、ミルファやリーヴに至っては三分の一かそれ以下の魔法攻撃力しかないからだ。
臨機応変に対応できるといえば耳障りがいいけれど、言い方を変えれば物理、魔法共にどっちつかずの中途半端な性能ということになる。
今回は特にそういう悪い面があらわになってしまった形だわね。
「まあ、愚痴っても嘆いても状況が改善される訳でもないし。やれることを精一杯やっていきましょうか」
ボクの言葉が終わるや否や、こちらに向かってくる二体のファッショナ・ブルに魔法が撃ち込まれていく。
早いよ!?
「【ウィンドドリル】!」
慌ててボクがそれに続いた頃にはエッ君とトレアの闘技も命中して、二体の魔物は軽くよろめく動きを見せていた。
「左側の速度が落ちた!ネイトとトレアはダメ押しでそっちへの追撃を!ミルファとエッ君はボクと一緒に右側のやつを迎え撃つよ!」
牙龍槌杖から龍爪剣斧に持ち替えて接近してくるファッショナ・ブルに向かって走り出す。すぐに追いついてきたミルファと視線を交わして、魔物を挟み込むように位置を修正する。
「ダブル、【スラッシュ】!」
ここまできたら突進の勢いさえ抑えられれば、どこに攻撃を当てても構わない。突き出してくる角に気を付けながら、タイミングを合わせて闘技を放つ。
もっとも、首を切り裂くように剣を振るったミルファはともかく、ボクは斧刃でかち割るように頭に叩きつけたために反動で得物を勢いよく弾かれる目にあってしまったのだけれど。
「ブフォ!?」
そのせいで未だ当初の目論見ほど突進の勢いを削ぐことはできていなかった。とはいえ、それほど心配していなかったりもする。
なぜなら、
「エッ君!」
彼のターンがまだ残っているのだから。そんなエッ君は進化時に取得した〔浮遊〕技能で、ふよふよと五メートルほどの高さに浮かんでいた。
こんな時に何ですが、背中の小さな羽をパタパタさせている様はとってもらぶりー!
「ブモオ!」
ファッショナ・ブルもそれに気が付いたのか雄叫びを上げているが、空中にいる相手では文字通り手も足も出せないもよう。
このまま速度を緩めてくれればとも思ったのだけれど、残念ながらそこまで都合良くは動いてくれず、結局ファッショナ・ブルはそのまま正面にいるリーヴたちへと再度狙いを定め直していた。
それがエッ君の狙いだったとも知らずに。
ふいに、ドゴッ!という鈍い音がしたかと思うと、一拍遅れて何かがへし折れるような音が響いた。見ると、ファッショナ・ブルの背中にエッ君が乗っかっている。
まあ、実際はそんな生易しいものではなく、背中を盛大に陥没させてそこに埋まっていると表現した方が妥当な状態だったのだけれどね。
さしもの猛牛もこれには耐えきれなかったのか、これまでとは一変してよたよたした足取りになっていた。これなら闘技を使用しなくても止められそうだな、と安心したのがいけなかった。
「リュカリュカ、危ない!」
ネイトの声に振り返ると、もう一体のファッショナ・ブルが目の前にまで迫って来ていた。




