684 再びの旅立ち、その前に
呼び出しと同様に首都行きも指名依頼扱い――名目上は護衛依頼という形になる――としてくれたお陰で、冒険者協会での手続きはすんなりと進んだ。
それでもボクたちがいなくなること、いや、もっとはっきりと言ってしまいましょうか。うちの子たちと遊べなくなることに気が付いて絶望する冒険者たち――と職員さんたち――が後を絶たなかったのだとか。
「お、おい。アクエリオスでの仕事が終わったら、ジェミニに戻って来るんだよな?」
「いやあ、先のことはまだ分からないですね」
「なんてこった!?」
まあ、トップの支部長からして万事この調子だったからねえ。ジェミニの冒険者協会関係者の混乱っぷりは推して知るべしというところです。
クンビーラに対しては冒険者協会経由で手紙を送ってもらうことにした。
街から村、そして町へと移動する行商人に護衛は付き物だし、冒険者の何割かは各地を行き交うのが常という生活をしている。そんな人たちのちょっとした小遣い稼ぎとして手紙の配送が行われているのだ。
片手間だからと言って粗雑に扱われないように紛失した場合などにはしっかりとペナルティが発生するようになっているので、意外にもと言っては失礼だが手紙の到着率はかなり高かったりするのよね。
さて、『土卿王国ジオグランド』ほどではないにしても、こちら『水卿公国アキューエリオス』でも『泣く鬼も張り倒す』の二人組は有名で人気がある。
その片割れが支部長の任に就いているとあってか、素早い対応だった。
「それだけクンビーラを交易相手として重要視しているということです。まあ、国の面子や領地の面子に加えて、他領への義理立てにけん制等もありますから表立って分かりやすくは表明できませんがね。もちろん、デュラン様のご威光が多分に影響していることは間違いないでしょう」
「へえ……。そうなんですね」
苦笑しながら教えてくれたのは手紙発送の担当してくれた職員さんだ。
一件なんでもないやり取りの背後にも、色々な事情が隠されているみたいです。「ほうほう」と感心していたところに職員さんからちょいちょいと手招きをされたので、カウンター越しに顔を近づけてみると……。
「今までのことも本当なのだけど、一番の理由はうちの支部長がデュラン様に頭が上がらないからなのさ。酒の席での定番の台詞でね、新米職員だった頃に随分と世話になったらしいよ」
衝撃、というほどでもない事実を教えてくれたのだった。
「おや?あまり驚いていないみたいだね」
「ええ、まあ。あの二人なら納得できる行動なので……」
「ふうむ。やはり英雄と称えられる人たちは器の大きさが違うんだな」
「エエ、ソウデスネ……」
い、言えない!
今さらあの二人のことだから純粋な親切心だけではなく、裏の目的があったのだろうなんてことは説明し辛い!
幸いにも感心しきりの職員さんは、目が泳いでいる上に片言というこれ以上ないほどに怪しいボクの態度に気付くことはなかったのだった。
もちろん新米の若手職員、現在ジェミニの支部長にまで上り詰めているわけだからその頃から有望でもあったのだろう。そんな彼が潰れることなく育ててやろうという気持ちは確かにあったとは思う。
だけどね、それ以上に自分たちにとって有利な判断を下したり、味方となってくれたりする人材を確保しようという企みがあったようにも思えるのですよ。
当時の二人がどれくらい有名になっていたのかは分からないけれど、デュランさんは変わり者が多い冒険者の中ですら比較的珍しい引きこもり種族だから、目立っていたことは間違いない。
自分たちの意のままになる、と言うと大げさかもしれないけれど、味方をしてくれる協会職員は喉から手が出るくらい欲しい人材だったことだろう。
あくまでもボクの想像ではあるのだが、恐らくは当たらずとも遠からずといったところではないかと思うよ。
これ以上ここに居るとボロが出てしまいそうなのと、うちの子たちと会えなくなることでショックを受けた面倒くさそうな人たちに絡まれてしまいそうなので、要件も終わったことだしとっとこ退散するとしましょう、そうしましょう。
「食料とか旅に必要な物は全てあちら持ちだったっけ?」
協会の建物から出たところで、確認の意味も込めて仲間たち二人に尋ねる。
「はい。契約では確かそうなっていたはずですね」
ネイトの言った契約というのは、あの話し合いが終わった直後にジェミニ侯爵と直接交わしたもののことだ。
同行するにあたって、どちらかと言えば自分たちの方がメリットが大きいと侯爵が判断したため、宿泊費を始めとしたボクたちの道中の費用の類は全て侯爵側が出すということになったのだった。
「ですが、最低限必要な物資はわたくしたちも持っていくべきですわ」
ミルファの言うことも道理だね。もしも強い魔物に遭遇してしまえば、回復薬などはすぐに足りなくなってしまうかもしれない。
何らかの事故などによって分断されてしまう可能性だってある。そうなった場合でも身動きが取れるように、必要となる物は揃えてしかるべきだ。
「野宿用のテントや寝袋とかは、クンビーラで調達したもので問題ないよね?」
「はい。とはいえ、一度アイテムボックスから取り出してみて劣化している部品などがないかは確認してみた方がいいと思いますよ」
ゲームなのに?という言葉は飲み込む。ボクにとってはゲームでも、ネイトたちNPCにとってはこの世界こそが現実なのだから。
まあ、ゲームだし、購入時に「時間経過で劣化する」といった注意を受けた訳でもないので、どこにも異常は出ていないだろうけれどね。
ああ、でも、きちんと設営できるかどうかは試しておくべきかもしれない。いざというときにテントの組み立て方が分からないのでは格好悪いもの。
「それじゃあ、とりあえず買っておかなくちゃいけない物は、非常食に薬の類かな」
「ここのところ毎日のように酷使していましたから、武具のメンテナンスも行っておくべきではなくて?」
「ミルファ、ナイス!確かにそれは必要だわ」
こうしてボクたちはジェミニでの残る滞在期間を、あちこち走り回るようにして過ごしたのだった。




