683 旅は道連れ
「近年のタカ派の動向には大公殿下も度々苦言を呈しておられた。今回のストレイキャッツの件は簡単に村一つ、街一つを壊滅させかねず、最悪国を傾けることにもなりかねぬ行為だ。ついに堪忍袋の緒が切れたということなのだろう」
わざわざ明言してきたことから察するに、ジェミニ侯爵側は尋問等によって犯人がタカ派に属する人間だと確信を得ていると思われます。
「なるほど。つまり証言者として犯人たちも連行して行く予定なので、ボクたちにまで護衛を回している余裕がない、という訳ですね」
「そういう面があることは否定しない。二手に分かれるとなるとどうしても戦力は落ちることになる。あちらは自分たちにとって不都合な証言をされては困ると、場合によっては私もろとも消し去るつもりで大勢の兵士をけしかけてくることも考えられる。また、君たちに対しても一度は痛恨の失敗をしていることから、今度こそ確実に葬り去ろうとしてくるはずだ」
ジェミニ侯爵やボクたちを襲った時点で、全ては自分たちの仕業だったと公表しているようなものなのだけれど、そこはそれ死人に口なしということなのかな。
証言ができなければ何とでも事実を捻じ曲げてしまえるのだろう。
「だが、我々と同行することで得られるメリットは他にもあるぞ」
その言葉にミルファとネイトが考え込み始める。だけどその基となる視点は異なっていることだろう。
ミルファの場合、公主の血脈からは傍流になりつつあるとはいえ、家臣筆頭のコムステア侯爵家の嫡男バルバロイさんとの婚約が決まっており、今後もクンビーラにとって重要人物であることに変わりはない。そのため、守られる側の貴人としての意識が強くなっているはずだ。
一方のネイトは、冒険者として護衛に着く側の視点となっていることだろう。
ボクもどちらかと言えばこちら側寄りの思考となっているが、以前ディランとゾイさんに保護されながら、クンビーラからヴァジュラへと向かったことがある。
まあ、貴人ではなく単に弱すぎて戦力外だったというだけの話ではなるのだけれど、守られていたことに変わりはなく、そうした経験からミルファ寄りの思考もできなくはないのだよね。
「一番のメリットはボクたちの仲の良さをアピールできること、ですかね?」
「正解だ。我々が親密な関係であることを分かり易い形で内外へとアピールできる。タカ派に対してはそのままけん制になり、他の派閥は戦争への不安を和らげることになるだろう。クンビーラ側からも、我らが争い一辺倒ではないと知ることができる」
加えて、ボクたちの主目的であった「ブラックドラゴンの脅威をしっかりと認識させる」ことが成功した証拠にもなる。
もっとも、どうしても相手の捉え方に依存してしまう部分が出てくるので、意図していたことと正反対、例えばボクたちが『水卿公国アキューエリオス』に取り込まれてしまった、と捉えられてしまう可能性もない訳ではない。
「いかに悪意を持った改ざんが広まらないように努めることができるのか、が肝要ということですわね」
「こちらの思惑が間違いなく伝わるように、市井に人を潜ませることも必要になりそうです」
リアルにおけるネットほどではないとはいえ、口コミや井戸端ネットワークの拡散能力は侮れないものがあるからね。また、例え根も葉もない偽情報であっても一旦広まってしまうと撤回するのは難しくなる。
状況によってはネイトが言うように先んじて人を動かすことも必要になってくるだろう。
「情報の流布の方はお任せするとして、タカ派へのけん制はどれくらい効果があると見込んでいるんですか?」
「およそではあるが、首都までの道中で襲撃される確率が半減するとみている。その規模もまた、多くとも七割ほどにまで減少させられると予測しているな」
一口でタカ派と言っても一枚岩にはほど遠いとのことで、頂点に立って仕切っているつもりの連中は誰も彼も自身の利益を第一に考えているらしい。
次いで自身の領地の利益、三番手にようやく派閥仲間の利益がくるという状態なのだとか。
「何としても我らを止めようとなりふり構わずになる者が出てくるだろう反面、形勢不利と見て息を潜めようとするものも現れることだろう。上手く主導権争いを激化させることができれば、内部分裂を引き起こすことも不可能ではないと考えている」
そうやって相手が争っている間に、こちらはちゃっかり安全に移動しようという魂胆みたい。
ズルいなあ。でも、間違いなく効果的ではある。
「一つ懸念があるとすれば、実務を担う副官クラスの中にこちらの意図に気が付く者がいるかもしれないということだが……」
「実務を担当しているだけあって独断で人を動かしてくるかもしれない、と?」
「うむ。仮に上の連中よりも先にそやつらが知ることになると、仲違いが発生しないように情報を遮断することも考えられる。そうして稼いだ時間で片をつけようとかき集められるだけの戦力で攻め立ててくることも考えられる」
しかもその場合、跳ね返すことができたとしても「襲撃者たちが勝手にやったこと」になってしまうため、トップの連中の罪を問うことができなくなる可能性が高い。
思いつく展開の中では最悪の類のものだわね。
「とはいえ、タフ要塞などに潜り込ませている者たちからの報告によれば、そこまでの切れ者はいないようなのだがな」
「あらら……」
ここにきてのどんでん返しに、思わずズッコケてしまいそうになるボクたちなのでした。
「しかし、これまでいなかったからと言って、これから先もそうであるとは限らないからな。特に君たちは我々ではついぞ気が付くことのできなかった、タカ派の裏に潜む黒幕的な存在を見抜いている。そうした冒険者としての勘や、土地に根付いた慣習に捕らわれない思考というものが今こそ必要になっていると考えている。同行を願い出ているのはそうした理由もあるのだよ」
こうまで持ち上げられてしまうと、悪い気がしないのだから困ったものだ。
長年国内外を結ぶ通商の要を支配と管理してきただけあって、侯爵様は人を乗せるのが上手だね。まんまと引っ掛かった小娘なボクたちは、侯爵様の一行に紛れて首都『アクエリオス』を目指すことになるのだった。
最後の部分、前話と反応が正反対だと感じられるかもしれませんが、それも込みでジェミニ侯爵の口が上手いと思ってください。




