682 フラグ回収、なの?
とっても一仕事終えた感が漂っているけれど、これまでの会話は表向きのこと、つまり本題はまだこれからなのだ。
まあ、内容自体はニミの街のロナード代官と話したものとほぼほぼ同様のことだったからね。あくまでの呼び出すための口実だったのだろう。
さて、その本題なのですが、
「はい?え、ええええええ!?」
聞いた瞬間ボクとミルファとネイトの三人で、驚きの声を上げることになってしまった。
だけど、それも仕方がないことだと思うの。なぜなら、ジェミニ侯爵の口から聞かされた本題というのが、
「護衛として私と一緒に首都の『アクエリオス』まで行ってもらいたい」
というものだったからだ。どうして潜在的不和な他国の、しかも『十一臣』に数えられるような超大物貴族と一緒に国の首都まで旅をしなくてはいけないのか。
それって何て罰ゲーム?反射的に「嫌です」と答えなかっただけでも褒めてもらいたいくらいだよ。
「ああ、名目上は護衛だが実際の警護はこちらの手の者たちがする。旅の最中の安全については保障しよう」
違う、そうじゃない。
ああ、もちろん安全は大事なのだけれど、驚いた原因はそこの部分ではないのですよ。
「いくら冒険者は出身地等のしがらみに縛られてはいけないという規約があるとはいっても、ボクたちは他国からやってきたばかりですよ。さすがに仲良しではない国の、しかも重要な地位にある方と一緒に旅をするのは無理があるのではないでしょうか……」
ちなみにこれまでにも何度か述べたことがある通り、出身地云々についてはほとんど有名無実化しているよ。
故郷や縁のあった人々を大事に思うことは決して悪いことではないから、『冒険者協会』としても強くは言えないみたいね。
「おっと、すまない。気が急いてしまって説明をおろそかにしてしまったようだな」
などと言いながらもジェミニ侯爵の口元には普段と変わることのない微笑みが張り付いていた。
うわあ……。体形こそそれほど似ていないけれど、腹黒度合いというか内側は間違いなくタヌキさんだなあ。わざと言葉足らずに言って、ボクたちの反応を見て楽しんでいたのだろう。
加えて、そうすることで会話のペースを握るだとか、拒否できない状況に追い込むだとかいった狙いもあったのだと思われます。
「ぐぬぬ……。クンビーラに帰ったら「ジェミニ侯爵は敵だ」と皆に言って回らないと」
「はっはっは。それは怖いな」
せめてもの仕返しに悪態を吐いてみるも、あっけらかんと笑って流されてしまう。
これはダメだわ。まさに悪党っぷりの年季が違い過ぎる。良い子ちゃんなボクたちでは太刀打ちできそうにもない。
ミルファとネイトも同感なようで、小さくため息を吐いたりゆるゆると首を横に振ったりしていた。
「では少しは信用してもらえるよう、こうなった事情と合わせて説明することにしよう」
そしてスイッチを入れ替えるように、急激に真面目モードへと変化してしまう。
なるほど。交渉ごとに慣れていない人ならば、これだけでも目を白黒させてしまうことになりそうだ。そうやって場の主導権を握るのが彼のやり方だと思われる。
「拝聴いたします」
ところがどっこい、そこはリアルで万能美少女な従姉妹様に鍛えられてきたボクですからして、雰囲気の入れ替えくらいはできてしまうのだ。
合わせるように真面目な調子となったボクを見て、ジェミニ侯爵の張り付けていた笑みをようやく引きはがすことに成功したのだった。
「……ふむ。失礼ながら先ほどのブラックドラゴンの話は、多分に運に味方されてのことだったのだろうと勝手に解釈していた」
「は、はあ……」
突然巻き戻った話題にどう答えていいのか分からず、あいまいな相槌を打つのにとどまってしまう。
「しかし今の対応を見て、君がしっかりとした判断の元でブラックドラゴンと相対し、そして彼の存在を打ち下したのだと理解するに至った。もっとも、若いゆえに粗削りな部分は多く、危ういところもあるようだがな」
後半釘を刺されはしたけれど、前半はほとんどべた褒めに近い。親しい相手でもここまで手放しで評価されてしまうとむず痒さを感じると同時に、何かあるのではないかと邪推してしまいそうになる。
よく知らない相手となればなおさらだ。
「うむ。それで良い。褒められて頭に乗るのは三流の証だからな。だが、言葉の裏を疑い始めてようやく二流。一流になりたいのであれば、その内心を隠し通せなければならない」
やれやれ。少しはやり返すことができたかと思えば、すぐに突き放されてしまったようだ。
ここは大人しく侯爵の説明を聞くことにしましょうか。
「先日の君たちとの話し合いによって、ストレイキャッツの対処法を発見した手柄は我が部下たちに譲ってもらったな」
その代わり犯人たちの監視や、尋問によってどこの手の者か明らかにするなどの時には非合法な手段が黙認されてしまうような行為の一切合切と、ボクたちに向かってタカ派によるさらなる手出しが行われないように防いでもらうといったことをお願いしていた。
前者は機密が絡む都合があることを建前に積極的に聞こうとしなかったので、どのような経過となっているのかは知らない。
その一方で、後者の方はこれまで平和?な魔物狩りの日々を過ごせていることから、しっかりと守られていると思っていた。
「だが、事が事なだけに国に、ひいては大公殿下に報告しない訳にはいかなかった。そしてその報告は当然、ありのままに起きたことを正確に伝えるものでなくてはいけない」
あれあれ?なんだか雲行きが怪しくなってきたといいますか、とっても嫌な予感がひしひしと感じられるのですが……。
「報告を聞いた殿下は大層お怒りになっているそうでな。表に出せるか否かはともかく、国としてはこの一件を詳らかにして、責を問うつもりであるらしい」
その一環として当事者のボクたちが召喚されることになった、ということなのだとか。
「我々との同行を無理強いするつもりはないが、既に殿下自ら動き始めているという噂も聞いている。首都行きについては逃れられないものだと思って欲しい」
そう言ったジェミニ侯爵の目はとても同情に満ちたものだった。
うーむ……。侯爵と知遇を得たことでエルが建てた「偉い人と関わり合いになる」というフラグは回収できていたものだと思っていたのだけれど……。まさか大国の国主と顔を合わせることになるかもしれないとはねえ。




