681 断れない依頼
トレアの進化という一大イベントを終えて冒険者協会へと帰還してきたボクたちを待っていたのは、領主のジェミニ侯爵からの出頭命令……、コホン。ではなく、登館依頼だった。
他国の情勢を実際に見てきた冒険者たち本人から聞くためとなっていたので、ニミの街のロナード代官から報告が届いているだろうクンビーラのブラックドラゴンのことが念頭にあるのかもしれない。
が、どうにも表向きというか建前っぽい気がするのよねえ。
「今さら何の用なんでしょうか?」
「どうやらストレイキャッツの一件で進展があったようだぞ」
依頼が依頼なので、詳しい話は支部長自ら支部長室で行ってくれることになった。
そしてさっそく質問してみたところ、返ってきたのが先の一言だ。
余談ですが、ボク以外のみんなは一足先に訓練場へと向かってもらっています。最終的にはこの依頼を受ける以外に選択肢はないこと、そして何よりうちの子たちと触れ合う時間が少なくなると、集まっていた冒険者たちが暴動を起こしてしまいそうだったからだ。
何度も言っているけれど、冒険者の皆は仕事しろ。
閑話休題。
しかし「ストレイキャッツの一件」と言われても、あれは完全にジェミニ侯爵にお任せするということになっているので、わざわざ報告されても「ああ、はい。分かりました」と言うより他ないのだよね。
侯爵側としても当然、そのことは理解していると思っていたのだけれど。
「それとも、分かっていてなおボクたちに報告しなくちゃいけないことが起きた?」
「ふむ……。言われてみれば報告だけなら書面で済む話だろうしなあ。わざわざお忙しい侯爵閣下が時間を作ってまで面会したいというくらいだ。余人には知らせられぬ内容だったとしてもおかしくはない」
わっふぅ!一気に面倒事の予感がしてまいりましたよ!
だが、先ほども述べたように断るという選択肢は存在していないため、翌日ボクは泣く泣く侯爵との面会に臨んだのだった。
「よく来てくれたな。それとこの場にいるのは我々だけだ。堅苦しい挨拶や口調は必要ない」
「えーと……、あ!指名依頼をいただきありがとうございます」
それこそ「侯爵閣下におかれましては――」と堅苦しい挨拶をしようとしていたところを止められてしまい、なんともパッとしない口上となってしまった。
せっかくミルファに教わったというのに無駄になってしまったかな。
それと補足説明をば。今回の依頼はボクたちを指名してのものなので、冒険者としては指名依頼を受けた形となる。そのため、ゲーム的にも単なるクエストではなく『イベントクエスト』という扱いとなっていた。
まあ、だからと言って何がどう変わるというものでもないのだけれど。
ボクに続いてミルファとネイトが頭を下げたところで、侯爵の向かいの席に座るように指示される。
「それでは表向きのことから終わらせるとしよう」
表向きと言ってしまいましたよ、この人!?
やれやれ。あらかじめ裏があるのだろうと覚悟しておいて正解だった。
そして表向きの話の内容だが、こちらも予想していた通りクンビーラの守護竜となったブラックドラゴンについてだった。
「……という訳で、図らずも当事者となってしまったボクが語った通り、ブラックドラゴンがクンビーラの守護竜となっているというのはガチでマジです」
「……当事者どころか、君がそうなるように仕向けた部分が多分にあるように思えるのだが。まあ、隣国の暗躍もあったという報告も受けているクンビーラの安定のためには必要な行為だったと取れないことはないか」
「あの事件の背後に『闘技場主』なる人物がいたことをご存じですの?」
「すぐ近くに彼の者と手を組もうと画策しているやからがいるようなのでな。まったく面倒なことながら、網を張って情報を仕入れておかなくてはならんのだ。」
会話に割って入るという無作法をしたにもかかわらず、侯爵はミルファの問いに答えてくれていた。ボクたちの素性についても調査が行われていて、ミルファがクンビーラ公主一族の血を引くお嬢様だと知っているからこその対応だと思われる。
「すぐ近く……。ああ、そういえば東に物騒な牛が住んでいるという話でしたね」
牛、つまりは東の隣領タウラスの領主のことだ。タウラス領都と闘技場を有するヴァジュラとの位置関係は、ジェミニ領とクンビーラのそれにほぼ等しい。
そのためか国境の行き来を禁じた国の政策に逆らって密輸を行っているという、限りなく真実に近いとされる噂が流れていた。
「やれやれ。他国にいた君にまで知られていたか」
「割りと冒険者や商人たちの間では知られている話のようでしたよ」
こちらに来るまでボクは知らなかったけれど。
しかし、そんなことは表に出さずに話を進める。
「彼らが独自に作り上げている情報網は、あれでいて侮れないところがありますから」
大陸の三つの大国の内『水卿公国アキューエリオス』と『土卿王国ジオグランド』の二国は、支配体制が盤石なこともあって支配者層となる貴族などからは、冒険者や商人は一段低く見られ易い傾向がある。
理由は簡単で、彼らの一部は依頼や商売によっては別の土地へと移動してしまうため、自国の民や自領の民とは言い難いためだ。
中には進んでスパイ活動などを兼業する人もいるからね、仕方ないね。
とはいえ、今回のように冒険者や行商人たちから流れてくる情報が軽んじられたことで事実の伝達が遅れてしまい、その結果見当違いの対策や対応をしてしまうことだってあり得る。
これを機にジェミニ領やハト派の領地では、切り捨てていたり見下していたりした情報網を改めて見直していただきたいものだ。
「ふむ……。考えておこう」
まあ、今のところはこれで納得しておくしかないね。長年の積み重ねもあるし、そう簡単には変えられない点もあるだろう。
「話がそれましたけど、ブラックドラゴンに関することは以上です。ロナード代官にも言いましたが、手を出すつもりであれば最低ジェミニ領が人の住めない荒野になることを覚悟しておいてください」
ジェミニ侯爵であれば、タカ派がやろうとしていることがいかに無謀で危険なことなのかは理解してくれているとは思うが、ストレイキャッツのこともある。
「実は意外な攻略法があるのではないか?」と勘違いしてはいけないので改めて釘を刺させてもらい、表向きの要件は終了したのだった。




