680 トレアの進化
このように朝から昼過ぎまではジェミ近郊に出没する魔物――と時々近くのフィールドダンジョンの魔物――を倒して経験値とドロップアイテムを稼いで、その後は夕方になるまで冒険者協会の訓練所で冒険者を相手に模擬戦をこなす――一部の子たちは遊ぶ――という生活を繰り返していたところ、トレアがレベル二十になり進化できるようになった。
「おおう!ついにトレアも進化できるようになったのかあ」
「トレアと出会ったのは『土卿王国ジオグランド』を旅していた頃でしたわね」
「それから『火卿帝国フレイムタン』の領内に飛ばされて、今いる場所は『水卿公国アキューエリオス』ですからね。思い返せばいろいろな場所を旅してまわったものだと感慨深くなります」
まあ、『火卿帝国』行きとなったアレは事故の側面も大きかったけれどね。それでもアンクゥワー大陸中をあちこち歩きまわっていることに違いはない。
おっと、過去を振り返ることは今でなくてもできるのだから、今は今しかできないことを今すぐやりましょう。
「はいはい、トレアは……、って別にみんな一緒でもいいか。こっちに集まってー」
おめでとうとありがとうを言い合っていたのか、集まってワチャワチャしているうちの子たちを呼び寄せる。
ジェミの外壁が見える位置だとは言えフィールド上であることに違いはないから、運悪く魔物が出現してくる可能性はある。とはいえ、周囲は背丈の低い草が地面を覆っているばかりなので発見することは容易だろう。
下手に安全を優先して街道まで戻るよりも、人の目のないこの場所で進化を行った方が良いと判断したのだった。
「はい。全員集まったところでトレアの進化を始めるよ。まずは、どんな進化先があるのかを確認だね」
トレアの進化先として提示されていたのは、リーヴと同じく三つの種族だった。
一つ目は『ハイケンタウロス』。名前からも分かる通り、正当で通常の進化先がこれに当たるみたいだ。
特段変わった点はないのだが、強いて挙げるとするならば速度や持久力といった走行にかかわる部分が軒並み上昇しているらしい。
二つ目は『ペガサスライダー』。なんといきなりレア種族です。
その姿を映し出してみたところ、翼の生えた馬とそれにまたがる騎手――当然女性だ――となるようだ。タマちゃんズのような群体というか、二人で一つの存在という扱いみたいね。思考や判断の中心となるのは騎手側とのこと。
馬の操作ミスによる落馬はないようだけれど、敵からの攻撃を受けての落馬はあり得るらしい。
ペガサスだから空を飛ぶこともできるのだけれど、騎手が乗っていることが条件となっているため、必然的にあと一人が乗れるかどうかというところだ。
そもそも馬だけでは勝手な行動がとれず、騎手からも半径十数メートルほどしか離れることができなくなっているのだとか。
このようにデメリットもそれなりに多そうなペガサスライダーだが、空を飛べることはそれら全てをも上回る強力なメリットだと思う。
特にトレアの得物は弓であり、上空からそれこそ 矢の雨を降らせて一方的に攻撃することだって可能となるのだ。
「これは決まりかな」
レア種族に当たるようだし、三つ目を確認するまでもなくペガサスライダーでいいのでは?
そんなボクの勇み足に待ったをかける者がいた。他でもない進化する当人であるトレアだ。彼女にせかされるようにして続きを見ていくことになる。
三つ目、最後の一つの進化先もペガサスライダーと同じくレア種族だった。『アルテメアス』、前者二つとは違って名前だけではどんな特徴を持っているのかよく分からない種族だわね。
「えーと……、「弓の扱いに長けており、小舟の上で棒に据え付けられた扇でも、子どもの頭の上に乗せたリンゴでも軽々と射抜くことができる」って、何だかどこかで聞いたことのある逸話を組み合わせているような……」
しかしながら、トレアは〔弓聖射撃法〕だけでなく〔必中の魔眼〕や〔狩人の心得〕といった反則じみた技能を既に身に着けていたためか、弓に関する追加の技能は特にもらえないもよう。
まあ、今よりもさらに上となると、追尾機能付きの射撃術にでもなってしまいそうだからねえ。
「弓特化な種族っぽいけど、この調子だとわざわざ選ぶほどでもなさそうに思えるんだけど……」
ある意味、最初からトレアが強すぎた弊害と言えるのかもね。運営には「バランスを考えろ」と文句を言わないといけませんなあ。補填アイテムちょーだい。
おや?まだ説明に続きがあったみたいだ。
「また、〔人化〕の技能を習得できるので、狭い場所に侵入したり小さな物陰に隠れたりすることができるようになる。〔人化〕の技能!?」
ちょっとちょっと!バランスを考えろと思った直後にバランスブレイカーになりそうなものを投入してくるとはどういう了見ですか!?
ところが、そこは上手く采配したようで、技能熟練度が低い間はかなり大きなマイナス補正がかかってしまうようだ。具体的に言うと、熟練度がゼロの時点だと全ての能力値が七割減となるそうです。
その上当然のように上昇率は抑えられていて、さらにマイナス補正が消滅するまでには大量の熟練度が必要となってくるらしい。
総合的に見ると、やはりペガサスライダーのメリットが大きく第一候補となりそうかな。
しかし、そんな考えは〔人化〕の文字を真剣な眼差しで見つめるトレアを見た瞬間、跡形もなく消え去ることになった。
「……そうだね。建物の中とか狭い場所では難儀してたもんね」
アコにタマちゃんズが戦い向きではないため、戦闘メンバーでは相変わらず彼女が一番の新参者ということになってしまっていた。
そしてこの子は根が生真面目なところがあるので、「役に立ちたい」とか「足手まといになりたくない」という思いを強く持っていた。
そんなトレアにとって自身の大きな体はコンプレックスになりかけていたのだろう。
「トレアが一番なりたいものでいいよ」
「そうですわね。本人が納得できるものが一番ですわ」
「ええ。その方がきっと上達も早いでしょう」
ボクだけでなくミルファとネイトからの後押しの言葉にトレアがはにかむ。
こうして、うちの娘は『アルテメアス』へと進化することになった。




