677 やんちゃの代償
その後、お昼休憩――ログアウト、そして翌日ログイン――をはさんで数体の魔物を倒したところで本日のお仕事は終わりにする。
まだまだお日様は高い位置にある時間帯なのだけれど、いつの間にかこのくらいの時間には戻らないといけなくなっていたのよね……。
まあ、夜間は危険が危ないからで歩くべきではないのは納得ができることだしね。なにせ実働班のタカ派や黒幕っぽい第三者からは、未だに標的にされ続けてはいるようなので。
今のところは静かなものだが、いつまた再び牙を剝いてくるのか分からない以上、自衛できる部分は予め自衛しておくべきだと思う
と、ここまでが建前の話。
実際のところは、このくらいの時間には戻っておかないと暴動が起こってしまいそうだからだ。
街へと戻ったボクたちはその足で冒険者協会を目指す。建物の中に入ると夕方にはまだ間がある時間帯であるにもかかわらず、大勢の冒険者たちでごった返していた。
多いね。いや、多過ぎじゃないかな?
依頼の取り合いになってしまう朝方よりも人出が多いとかどうなっているのよ。ちゃんとクエストをやっているのだろうか?
中にはあからさまにこちらへと視線を向けてくる者もいる。
逆にちらちらと横目で様子をうかがう人もいれば、
「さあて、訓練場で運動でもするかー」
と大声で告げてから奥の訓練場へと姿を消す連中まで現れる始末だ。
「……逆の立場であれば似たようなことをしてしまいそうなので強くは言えないのが困ったところですね」
「わたくしはあのような浅ましい態度は――」
「あの子たちを前に絶対にしないと言い切れますか?」
「む、難しいかもしれませんわね」
「一瞬で陥落したね……」
掌を反すっていうレベルの速さではなかったのですが。
ミルファは順調に持ちネタを増やしているようだ。主にボクの影響とはいえ、クンビーラのお嬢様がそれでいいのかと思わなくもない。
「あ、あの、『エッグヘルム』の皆さん。そろそろ奥の方へ……」
「ん?ああ、ごめんなさい。入口に立っていたら邪魔ですよね」
「え、あの、その通りなんですけど、そうではなくて……」
おっと、いけない。人の数の多さに思わず呆れて、思わずその場で立ち止まってしまっていた。まだ何か言いたそうにしていた若い男性職員さんを放置してカウンターへと向かう。
というかですね、わざと見当違いの返事をしたことに気が付いて欲しかったかな。ここで下手なことを言ってしまうと、火に油を注ぐ結果になるのは目に見えているもの。
「おかえりなさい。無事に依頼は完了できたようですね」
人の多さとは裏腹に、カウンターはどこも空いていた。この人たちは「ここ最近やってきた冒険者たちは、依頼を受けもしないで協会の建物にたむろってばかりいる」なんて街の人たちから陰口を叩かれていることに気が付いているのかしら。
「はい。まあ、何とか五体満足のまま帰ってくることができました」
当たり障りのない言葉で返事をして、お姉さんへと冒険者カードを差し出す。ボクに倣ってミルファとネイトも己の冒険者カードを差し出していた。
古いSF映画に登場する宇宙船の操縦席並みにピカピカとあちらこちらが点滅している怪しげな機械にカードが通されると、これまた博物館に所蔵されているようなブラウン管モニター風の代物に、依頼内容や倒した魔物の情報が表示される仕組みとなっている、らしい。
「依頼は「カブキワニとファッショナ・ブルを倒せるだけ倒すこと」ですね。討伐数はカブキワニが七、ファッショナ・ブルが五。報酬はどちらの魔物も一体につき銀貨五枚ですので、合計大金貨六枚となります」
依頼主がジェミニ侯爵とジェミの冒険者協会であることや、肉や皮といった素材も換金できることから、ボクたちのような一次上位職にクラスチェンジしたレベル二十代前半の冒険者が受ける依頼としては相当安い金額となっている。
一般的な依頼、例えば「カブキワニの肉を食いたいから狩ってきてくれ」というものの場合、一体につき倍の大銀貨一枚が平均的な相場なのだとか。
割りの良い依頼ともなると、さらにその五割増しの金額が期待できるそうです。
しかし侯爵たちもまた、肉はほぼほぼ原価のままタフ要塞へと売り払う羽目になっているので文句は言えないわ。
このように食糧費だけでも大半をジェミニ侯爵へとたかることができるため、タカ派の貴族連中は事あるごとにタフ要塞に自領の兵士たちを詰めさせようとするらしい。
やっていることはケチ臭いけれど嫌がらせとしては効果的だというのが何ともはや。
三枚のカードとともに銀貨が六枚入った小袋がカウンター上に差し出される。
ボクたちが掴む直前、横合いから伸びてきた手がいきなりそれらを強奪していく。
「返してください」
淡々とこちらの要求だけを伝える。こういう時に狼狽えたり怒ったりするのは、相手をつけ上がらせることになるためご法度となる。
案の定、犯人らしき若い男はニヤニヤと人の悪い笑みを浮かべていた。
さっぱり見覚えがないから、ジェミの街に到着したばかりなのかしらん。良くも悪くも目立っているボクたちに接触することで、手っ取り早く顔と名前を売ろうとしたのかもしれない。
しかし、まあ、自分で言ってしまうとアレなのですが、相手と時期が悪かったね。
「こんなことで時間を無駄にはしたくないんだけどなあ。気分も悪いし、今日はもう帰ろうかなあ」
わざとらしく呟いた瞬間、部屋中の空気が張り詰めたものへと変化する。
そして、
「よう、兄ちゃん。人様に迷惑をかけちゃダメだって教わらなかったのか?」
犯人と比べて三割増しの筋肉の鎧を身にまとった頑強な体格の男性冒険者――しかもスキンヘッド!?――が、そのがっしりとした腕で動きを封じてしまう。
「な、何だあんた、ぐえっ!?」
「なに、単なるおせっかいだ、気にするな」
抗議しようとした途端、腕に力が込められて物理的に沈黙させられています。
後日、それを見ていたリュカリュカさんは「いやあ、あれは肩を組むなんて生易しいものではなく、首を絞める体勢でしたね」と語っていましたとさ。
「可愛い子たちだから、ついついちょっかいを出してしまったのでしょうけど、そういうやり方は逆効果にしかならないわよ。……はい、冒険者カードとお金。大丈夫だとは思うけど、全額あるか確かめておいてね」
締め上げられている犯人から、黒髪ロングな女性冒険者がカードなどを取り返してくれた。
思わず「姉御!」と呼んでしまいたくなるカッコ良さです。
「ありがとうございます」
「いえいえ。それじゃあ、私たちはこの子に一般常識を教え込んでくるから」
そう言うと二人は犯人を引きずって、打ち合わせなどを行うための小部屋へと引っ込んでいったのだった。
なむなむ。




