675 知らない街だと宿を決めるのも一苦労
さて、新しい街ということで、やらなくてはいけないことは色々とあるのだけれど、まずは何はともあれ一番に決めなくてはいけないことがある。
そう、宿泊場所を確保しないといけないのだ。
が、これが意外にも難航することになった。
ジェミニ侯爵サイドからおすすめの宿をピックアップしてくれていたため、あちらの顔を立てる意味合いもあって提示された宿屋へと向かってみたのだが、これがまた見事にボクたちの要望と噛み合わなかったのだ。
例えば、値段が折り合わない。一人一泊金貨一枚――リアルニポンの価値に換算すると訳十万円――とか、どこのお大尽様ですか……。庶民の相場をもっと勉強してからお勧めしてもらいたいよ。
例えば、ペット不可だった。テイマーがテイムモンスターと一緒にいられないなんて、存在意義を根底から否定するようなものですから!
例えば、食事も込みこみのお値段のみだった。朝ご飯は分かるよ。リアルでも朝食付きのビジネスホテルは多いからね。夜ご飯もまあ、妥協しましょうか。この世界では夜は酒場になってしまって、落ち着いて食事ができるところが少なかったりするからね。
でもさ、昼ご飯まで込みなのはおかしいと思うのよね。しかもお弁当を作ってくれるというのであればまだしも「宿に戻ってきて食べろ」だよ?おかしいでしょ。というか無理でしょ!外での魔物退治のような依頼を受けるどころか、街の中の観光に限ったとしても行動範囲が制限され過ぎてしまう。
そしてようやくいい感じの所が見つかったかと思えば、すでに満室というオチが付いていた。
そこの店員さんの話によると、タフ要塞に兵士たちが集められていることから、ジェミニ領で何か一騒動起きるのではないかと深読みした冒険者たちが全国から集まってきているのだとか。
この場合、耳の早い冒険者たちが凄いのか、それとも軍事情報がダダ洩れになっているタカ派が間抜けなのか、一体どちらなのでせうかね?
そんな予想外の事態までもが発生したため、これは最悪冒険者協会が運営している初心者向けの安宿――大広間に雑魚寝――に泊まることも視野に入れなくてはいけなくなってきた頃、裏路地にあるさびれたお宿を拠点にすることができたのだった。
素泊まりのみで食事は自炊するか外食するかの二択だったり、裏路地に面しているため日の当たりがよろしくなかったりということで敬遠されたのか、ボクたち以外に宿泊客はいなかった。
「でも、ボクたちには欠点にならないし、うちの子たちも出してあげられるから願ったり叶ったりだったね」
チェックインした後、ボクの部屋へと集まってきた仲間たちに笑いかけながら言う。
食事に関しては少し歩いて表通りに出れば何件もの食べ物屋さんが軒を連ねているし、昼間限定ではあれど軽食用の屋台だって街のあちらこちらに出ている。材料さえ確保できれば、〔調理〕技能持ちのボクが作ることだってできる。
日当たりが悪いことも、そもそも日中は冒険者のお仕事で外に出ていることが多いだろうから、まったくもって問題なし。
こうなると皆に言ったように、うちの子たちを『ファーム』から出したり、こうやって一室に集まって話をしたりしても迷惑にならないという利点の方が大きい。
「しかし、勧められた宿じゃないってのは、あちらの面子をつぶすことにならないか?」
「条件が合わなかったんだから仕方がないよ。リストアップされていた所は全部回ったんだから、それで十分義理は果たせていると思う」
それに、ジェミニ侯爵たちが宿を紹介してくれたのは、親切心からではなくこちらの居場所を把握しておく必要があったためだ。
ついでに、押し売りした恩をボクたちが重く受け止めれば万々歳というところかな。
「でも変に怪しまれたくはないから、明日にでも宿の名前と場所を報告しに行っておくよ」
もっとも、侯爵のお膝元どころか軽く手を伸ばせば届いてしまう範囲だから、既に知られている可能性は大だけれどね。
さすがに一連の流れまでもが仕込まれていたものだとは考えたくはないです。
「ところで、ボクたちは明日からこの街で冒険者稼業をスタートさせるつもりだけど、ボッターさんはどうするの?」
「俺も知り合いの所に顔を出しながら本業の再開だな。侯爵様に面通りができた上にクンビーラの事情についても共有できているから、噂を流すのはあちらに任せておく方が無難だろうからなあ」
確かに、下手に動いて危険分子扱いされては堪ったものではない。ジェミニ侯爵に痛手を与えたいタカ派などの政敵連中ならば、わざと騒ぎを大きくすることだって考えられる。極力疑われるような行動は慎んでおくべきだわね。
「まあ、迷惑料の意味合いもあったんだろうが、幸いにも持ち込んだ商品のほとんどは侯爵様の屋敷で買い取ってもらえたからな。後はクンビーラに帰って売る品を吟味すりゃあいいだけだから、気楽なもんだぜ」
そして三日を目安にそれらを終わらせて、四日後にはクンビーラに向けて旅立つつもりなのだとか。
「クンビーラに向かうとなると、護衛のなり手が少ないのではなくて?」
「その時はとりあえずニミの街へ行って、そこで改めてクンビーラまでの護衛を雇うことになるでしょうなあ。なに、あの街であれば国境を越えて行き来することに慣れた冒険者がいくらでもいますからな」
クンビーラにもいたけれど、通商が盛んな街には大抵行商人や商隊の護衛を専門にしている冒険者パーティーが何組か居着いているものだ。『水卿公国アキューエリオス』の陸路の玄関口であるニミの街ならば、苦も無くそうした冒険者たちを見つけることができるだろう。
ただし、その分玉石混交である可能性は否定できず、質の高い冒険者を雇うことができるかどうかについては、依頼する側の人を見る目や経験が試されることになる。
まあ、ボッターさんならば大丈夫だろうけれどね。
「それじゃあ三日後の夜はお別れ会ってことで、一階の食堂を借り切って盛大にやろうか。もちろん、料理はボクに任せて!」
「いや、嬢ちゃんたちにそこまでやってもらう訳には……」
「そろそろクンビーラの食事も恋しくなってきた頃合いですし、良い考えだと思います」
「ネイトの言う通り、ボクたちが食べたいっていう面もあるからさ。気にしないで」
こちらの料理も決して不味い訳ではないのだが、ソイソースを始め調味料類が充実しているクンビーラに比べると、どうしても見劣りしてしまうのだ。
ボッターさんも納得できてしまう部分があったのか、苦笑しながらもボクたちの提案を受け入れたのだった。




