673 ストレイキャッツ狂騒曲(雑談回)
ここは『異次元都市メイション』。
プレイヤーたちが己の心血を注ぎこみ持てる力の全てを尽くして作り上げた――かもしれない――様々な武具やアイテムが売り買いされる交渉の地である。
中には決闘や模擬戦と称して、訓練場で本当の戦いに明け暮れている者たちもいるようではあるが。
だが、メイションにはこれとは別の、それこそ代名詞と言っても過言ではないほどに有名な顔があった。
いくら飲んだり食べたりしても満腹になることはない、しかしそれでいて肥満や泥酔といった健康被害が生じることがないというVRの特性を利用した、『食の街』としての顔である。
美食からB級グルメ、質より量を重視した腹ペコ学生や労働者向けな大食い料理まで、まさしく何でもあり。
最近では自身のワールドよりもこちらに入り浸っている時間の方が長い、という猛者まで現れているとかいないとか。
ついでにゲーム内通貨であるデナーを追加購入するための「課金ポチー」が頻発して運営もウハウハであるらしい。
さて、そんな食べるのが大好きな者たちが集まっているのが、通称『食道楽』と呼ばれている東の大通りである。
その名の通りたくさんの食堂や酒場が鎬を削っている、メイションでも一、二を争う有名スポットだ。
情報屋の裏の顔を持つフローレンス・T・オトロがオーナーを務める酒場兼食堂の『休肝日』も、そんな『食道楽』に面している人気店の一つだった。
そして売りさばく情報を集めるため、フローレンスは今日も給仕のフローラに扮して客たちの言葉に聞き耳を立てている……。
「おいおいおいおい!マジかよ、『テイマーちゃん』!?」
「ストレイキャッツと言えば対処方法がなくて、自称攻略組とか戦闘班の連中でもさじを投げたやつだよな?」
「イエス。それと会いたいって騒いでいるやつに限って出会えないレアモンスターでもあるらしいぞ」
「ランダムイベントみたいな魔物だなあ」
「当たらずも遠からずだな。猫の気ままさのまま、大陸中を動き回っているっていう設定になっていたはずだし」
「いや、猫も縄張りを持つ動物なんだけど……」
「本当に知らなかったのか、もしくはど忘れしていたか。それともわざと気まぐれな部分だけをピックアップしたのか、ってとこか」
「どれもありそう……」
「そう思えてしまうのが『OAW』運営の恐ろしいところだな……」
「ともかく、そんな調子で出会えるかどうかは運次第な魔物なんだが、遭遇したら遭遇したで、異様に倒しにくい上に逃げることすらできない反則じみた性能なんだよなあ」
「あー、確か二十四時間耐久フルマラソン状態で逃げ続けた動画があったな。最終的に他の魔物までトレインすることになって、「民族大移動だ」とかコメントに書かれていたんだったか」
「あったなー。その俗称が広まって、ついには投稿主が折れて動画タイトルを「民族大移動」に変更したんだよな」
「個人的には、よくそれだけの長時間逃げ続けられたことが凄えと思うわ。俺だったら一度目の休憩の後のログインでストレイキャッツがいるのが見えた瞬間に心が折れたと思う」
「本人が猫好きって公言していたし、ストレイキャッツから逃げ回るのは楽しんでやっていたらしい。途中で引っ掛けた他の魔物の方が怖かったとか言ってたぞ」
「なるほど。途中からどんどん笑顔が引きつっていくのは、そういう理由だったのか」
「話を戻すが、ライフドレインの原因が空腹度最大で発生する飢餓の一番ひどい段階のせいだとは予想外だったな」
「これはある意味盲点だぞ。飢餓状態は初期の段階でもキッツいからな。アレに耐えながら空腹度を増やしていけるのは、ドが付くマゾな検証好きのやつらくらいしかいないんじゃないかね」
「悪酔いしたみたいにふらつくからなあ。正直に言って、アレに耐えるっていう発想が出てくる時点で訳分からんわ」
「ドマゾ呼びされるのも納得の変態っぷりだな」
「良くも悪くも、普通の人間には真似できないことではある」
「そこに痺れないし憧れもしないけど、素直に凄いとは思う」
意外な人々に被害が飛び火したと思うと同時に、言いえて妙な評価だなとも感じているフローレンスなのだった。
「止めないで!子猫ちゃんたちのために、私はテイマーになるの!」
「どうして!?どうして私のテイム枠は既に一杯になってしまっているの……」
「ふっふっふ。テイマーでしかも枠に空きがある私に隙はないわ!食料も金欠になるまで買い込んだし、後は可愛いストレイキャッツに会えるのを待つばかり……。って、何で全然さっぱり会えないのよう!?」
「うわー……。阿鼻叫喚ってこのことね。というか金欠宣言したおバカがいたけど、支払いの肩代わりはしないから」
「そんな!?落ち込んでいる友だちに鬼のような仕打ち!?」
「誰が鬼か。友だちだからこそお金の貸し借りはしたくないのよ」
「奢ってくれるのでもいいのよ?」
「余計に悪いわよ。対等でいたいからトラブルになりそうなお金のやり取りはしたくないの」
「ぐぬぬ……。そんな風に言われてしまっては、分かったと答えざるを得ない」
「でも、そこで引けちゃうってことは破産したのでも借金した訳でもないってことよね?」
「なるほど。本当に無一文なら、縋り付いてでもお金を借りないと、この店から出られなくなるもんね」
「フローラちゃんを始め『休肝日』の給仕の子たち皆、無銭飲食を目の敵にしているから。飲み食いした分は強制労働だっけ?」
「噂の通りならそういうことらしいわ。まあ、VR空間だから財布を忘れたなんて言い訳も通用しないし」
「注文の取り間違えも発生しないから、お店の責任にもできないわよ」
「立派にお務めを果たしてくるんだよ」
「ちょっ!?私が捕まる前提で話を進めるのは止めてよ!?今日の食事代くらいはちゃんと持ってるってば!それよりも、どうすればストレイキャッツに出会えるのかを考えてよ!」
「いや、無理でしょ」
「即答!?」
「真面目な話ストレイキャッツと遭遇する確率は、狙ったランダムイベントを発生させるくらい低いらしいから、狙ってどうこうするのはマジで無理っぽい」
「運を天に任せるしかないよね。あ、でも、運営にたっぷり課金すれば、ちょっとくらいは確率が上がるかも?」
「金欠の私から、リアルのお金までも巻き上げるつもり!?」
支払う気持ちがあり、それに応じた懐具合ではあったようなので、フローレンスは金欠云々については不問にしようと判断するのだった。




