672 ストレイキャッツの事情
結論から言うと、ストレイキャッツのライフドレインは空腹度が増加することによって発生する『飢餓』の状態異常に起因していた。
そしてこの飢餓状態には、いくつかの段階が存在しているようなのだ。
初期状態の体調不良では軽い目眩やふいに力が抜けるなどが起きるようになり、中度になるとこの頻度が増加し、その上ランダムで能力値が低下してしまう。
それでも放置して空腹度がマックスに到達してしまうと、ついには徐々にHPが減り始めてしまうのだとか。
つまりですね、にゃんこたちのライフドレインが継続して発生していたのは、あの子たちが常にHPが減少し続けるほどの飢餓状態にあったからだったという訳。
……いや、これ口で説明すると簡単だけれど、実際は拷問のようなものだよ。
死んでしまいそうなくらいお腹が空いているのに、ライフドレインで無理矢理生かされているようなものなのだから。
ボクもちょっとした手違いで飢餓状態になったことがあるけれど、初期の体調不良の段階でもかなりきつかった。飽食時代のリアルニポン育ちのプレイヤーでは、まず耐えられるものではないと思います。
そして普通ならガリガリだったりふらふらしていたりといった感じで、ストレイキャッツの外見や行動にも影響が出るはずなのだが……。そこはまあ、ゲームということなのだろうね。ヒントが多過ぎると判断されたのかもしれない。
苦しそうにしていたり明らかに元気がなかったりすれば、病気とか状態異常を疑うだろうからね。
あの子のか細い訴えが、運営にとってギリギリの許容範囲だったということなのだと思う。
「し、信じられん。出会ってしまえば確実に死を覚悟しろと言われているストレイキャッツとこんな風に触れ合えているとは……」
呆然とした様子で呟いているボッターさんの両肩やひざの上、果ては頭上にまでストレイキャッツが乗っているという、まさに人間キャットタワーというべき状態になっていた。
……違うね。あれは呆けているのではなくて恍惚としているのだわ。ぼんやりしているという点では同じだけれど。
ちなみに、出会ったら確実に死ぬ云々ですが、見ての通りストレイキャッツは人懐っこい上に好奇心旺盛な性格をしているため、仮に逃げたとしても追いかけてくるため、そう呼ばれているのだとか。
あの『ベルーウェンの悪夢』の逸話も、そうやって遭遇した人が逃げた果てに街へと連れ込んでしまったために起きた悲劇だったらしい。
さらに群体の性質上ニードル系の範囲攻撃などで一度に十匹全部を倒し切らないと、ライフドレインによって回復されてしまうらしいです。
心を鬼にして攻撃できれば何とか倒せるものだとばかり思っていたから、これは完全に予想外だったよ。強力な範囲攻撃がないと詰むとか、割と本気で『外道の所業』だと言われても仕方のないきちく仕様だと思うの。
「ですが、これで被害を減らすことができるようになるかもしれません」
「これは大発見ですわよ!これまで対処の仕様がないと考えられていたストレイキャッツを、大人しくさせる方法が見つかったのですもの」
ネイトの言葉に興奮気味にミルファが続ける。そのハイテンションの大半が彼女の指に連続ネコパンチをしている子猫のせいなのは間違いないね。
そして残りの少々が「歴史に名を残すことになるかもしれないため」らしい。
二人が言ったように、ストレイキャッツの対処法はこれまで不明とされており、人的物的被害の総計は相当なものになっていたのだとか。
それを解決できる目途が立ったかもしれないということで、今回の件を『冒険者協会』に報告すれば、発見者としての名前が記されるほどの大発見なのだそうだ。
正直あまり目立ちたくはないのだけれど、タカ派の連中は黒幕っぽい謎の第三者へのけん制にもなると言われてしまうと、嫌だとは言い辛いのよねえ。
それに、とっても遺憾なことながら『水卿公国』以外でも、これまで旅をしてきた土卿と火卿の二国で対立したり、結果的に邪魔をしたりすることになった相手もいる。クンビーラに隣接する『武闘都市ヴァジュラ』に至っては、一部の権力者から完全に敵対視されているという話だ。
そんなやつらへの圧力になるならば、名前を売っておくのも対抗手段の一つとして有効かもしれないと思えるのだった。
報告と言えば、ストレイキャッツをけしかけてきた四人の男たちのこともあったのでした。しぶといというか悪運が強いというか、実は例の四人、HPが残り一割を切りそうになっていたもののなんと全員生きていたのだ。
裏事情等を問い詰めたいとは思いながらも、元気になると騒ぎ出したり暴れ出したりしそうなので、とりあえずは死なない程度にだけ回復させて気絶させたままにしております。
村のすぐ近くだったこともあり、まずは本日宿泊する予定だった村のお偉いさんに事情を説明して、可能であれば身柄を引き渡すことになるだろう。
が、ボッターさんいわく「あの村に犯罪者を収容しておける施設なんてないぞ」ということだったので、そのままボクたちが領都ジェミに連行していくことになりそうだ。
わずか一日足らずの距離とはいえ、なかなかにハードな道のりになりそうな予感。
「なー。なー」
「よしよし。元気になって、というかお腹いっぱいになって良かったね」
お腹が空いたと訴えてきた子の頭をわしゃわしゃと撫でてあげる。
最初にご飯をあげたからなのか、十匹の中でも特にこの子が懐いてきているのよね。
まあ、ある程度は予想ができていたので、特別驚くことはなかったのだけれど、案の定というか予定調和というか、ストレイキャッツに懐かれました。
今ボクに撫でられている子はともかく、他の子たちからは「ご飯をくれる人!」認定されただけのような気がしないでもないのですがね……。
これ、絶対について来るよね……。エッ君と追いかけっこをしていたりリーヴにトレアの背中に乗せてもらったりと、うちの子たちともすっかり馴染んでしまっている。
置いて行けと言ったらミルファにネイト、座敷童ちゃんも含めて全員から猛反対されそう。
「結局はこれに「イエス」と言うしかないってことなのね……」
小さくため息を吐きながら、ボクは視界を埋め尽くす勢いで表示されている文字へと意識を向けた。
《ストレイキャッツが仲間になりたそうにしています。テイムしますか?》




