670 にゃんだふる!
「にゃんだふる!?」
反射的に叫んでしまったのも仕方のないことだと思うの。
だって茂みから現れたのは、ちみっこ子猫たちだったのだから!
お忘れの人もいるかもしれないので少々説明をば。
実はうちの家系はリアルでは動物へのアレルギー持ちなのだ。これは従姉妹である里っちゃんも同じね。
もっとも、近付いただけでくしゃみや涙が止まらなくなるような重篤なものではなく、たまに近所の飼い犬などを撫でるくらいならば問題ない軽いものだ。
それでもペットを飼うことは到底できず、可愛い小動物などは密かな憧れの対象だった。
職業をテイマーにしたのも、アウラロウラさんから子犬や子猫をテイムして触れ合うことができる、と教わったことが決め手になったほどだ。
そんなボクの前に可愛らしい子猫たちが登場したのだ。
狂喜乱舞してしまうのは当然のことだったのです!
お手製布ボールを追いかけて近付いてくる子猫たちに対して、先に飛び出してきた男たちは踵を返して逃げ出そうとしていた。
どうやらにゃんこに夢中になって気がそぞろになっていると思われたようだ。
だけど甘い。
煮詰まって濃くなってしまったお汁粉並みに甘過ぎです。
『OAW』の中でのこととはいえ、これでもボクたちはかなりの修羅場を潜り抜けてきているのだ。突然きゅーとで可愛い子猫が現れたからと言って、襲い掛かってくるような連中をみすみす見逃してしまうほど油断はしていない。
「【アクアボール】!」
「ぐえっ!?」
無防備にさらされた男の背中の一つにボクの魔法が命中するのとほぼ同時に、残る男たちにも魔法や矢などの遠距離攻撃が撃ち込まれていたのだった。
あー、うん。トレアさんや、頑丈な兜をかぶっていたからやったのだろうけれど、絵面的にもヤバいから後頭部に矢はさすがにやり過ぎかなと思ったり思わなかったり……。
これには「ゲームの中でも人殺しはしたくない」という気持ちもあったのだけれど、それ以上に「とっ捕まえて背後関係を吐かせなくちゃ!」という思いも強くあった。
それと、子猫たちに出会わせてくれたお礼カッコ意味深カッコトジもしたかったので。
だって、ブラックリンクスのような大きくて強い魔物と戦ったことこそあれど、こんないかにもラブリーな子たちとは初めて出会えたのだもの!
この感動を伝えてあげないと申し訳ないというものでしょう!
ちなみに子猫たちですが、小汚くなっていたお手製ボールには目もくれず、新しいおもちゃ――ボクたちのことね――に興味津々といった様子だった。
物怖じしない子に至っては、既にボクたちの足元にまとわりついてきていたくらいだ。
おっふ。
控えめに言っても可愛いです。
と、このように用心していたつもりでも、実際は意識の大半を持っていかれてしまっていたのだろうね。
本来ならもっと不思議に思わなくてはいけなかったはずなのだ。たった一発の魔法や攻撃で、男たち全員が昏倒してしまったという事実に。
はっきり言ってボクたちのレベルや戦闘関連技能の熟練度は低い。
まあ、ドラゴン型のゴーレムに番のマーダーグリズリー、キメラといった強敵と戦う機会があったので、数値外のプレイヤースキル的なものは鍛えられている気はするけれど。
それでも戦闘どんとこい!なバトル好きなプレイヤーに比べれば、はるかに弱いはずだ。
何が言いたいのかというと、いくら背後から不意打ちだったとしても、そんなボクたちからの攻撃を一発受けたくらいで同等以上のレベルの相手が気絶してしまうのは異常なのだ。
……説明していてちょっぴり悲しくなってきたのは秘密です。
ところが、この時のボクたちはそのことに頭が回っていなかった。
「よしよし。君たち可愛いねえ」
それどころかすっかりにゃんこの魅力に捕らわれてしまっていたのだから。
まあ、まったくもって言い訳にもならないのだけれど、デレデレになっていたのはボクだけではなく、ミルファやネイト、うちの子たちも同じだった。それどころか馬車上のボッターさんや座敷童ちゃんまで陥落していたよ。
……これまでの旅で分かってはいたが、ボッターさんも結構な可愛いもの好きよね。
だから、子猫たちのことを〔鑑定〕しようとしたのも本当に偶然のことで。「魔物カテゴリーになるみたいだから一応鑑定しておこうかな」と考えたボクぐっじょぶ!
後で、直観というのもなかなかに侮れないものだなと、しみじみ思うことになるのだった。
「えーと……。ストレイキャッツ?」
そんな軽い気持ちで調べたボクだったが、その反応は劇的なものだった。
「え!?」
「はい!?」
「な、なんだとお!?」
ボクと同じくしゃがみこんで足元の子猫を撫でていたミルファとネイトがばね仕掛けのおもちゃのような勢いで直立不動になったかと思えば、叫んだ拍子に体勢を崩したのかボッターさんが馬車の御者台から転がり落ちていた。
過剰にも思える仲間たちの反応に嫌な予感が頭をよぎる。少しでも時間を無駄にすることが致命傷に繋がると判断したボクは即座にログアウトを選択する。
そして急いでストレイキャッツの情報を収集し始め、プレイヤーだけでなくNPCたちの間にまで悪名が轟く恐ろしい魔物だと知ることになるのだった。
というあたりで時間軸の方も追いついてきた訳ですが……。
いや、ホントまぢでどうしよう?割と本気で打つ手なしなのだけれど。
そしてボクたち以上にピンチがヤバくて危険な状態なのが昏倒している男たちだ。幸いにもストレイキャッツたちのライフドレインの範囲はそれほど広くないようで、常に影響を受けてHPが減り続けてはいなかった。
しかし、相手は気まぐれの代名詞ともいえるネコちゃんたちだ。ふいに男たちへと近付いてはその残り少ないHPを吸い上げていたのだった。
どれほどの期間かは知らないけれど、構ってくれていた相手だからねえ。ストレイキャッツにとっては、良いおもちゃ扱いなのかもしれない。
「ナー……」
そんな折、とことこと近付いてきた一匹がボクを見上げてか細い声で鳴いた。
か、かわええ……。危なく乙女が出してはいけない類の音を漏らしてしまうところだったよ。
それはさておき、子猫を見やる。
それまでの動作が伴った「遊んで」「構って」というお願いとは異なり、静かにただひたすら訴えかけるように見つめてきていた。
この難局を乗り越えられるかどうかの分水嶺はここにある!
働き盛りを迎えたボクの直感がそう叫んでいた。




