664 時に常識は大きな落とし穴になる
タカ派の者以外に子どもを囮として利用したやつがいるとなると、あの場にはボクたちが感知することができなかった監視者が潜んでいた、ということになる。
自慢じゃないが『土卿エリア』と『火卿エリア』での冒険によって、ボクとネイトの〔警戒〕技能の熟練度はかなり上がっていた。
それこそ、この部屋の裏に隠れている人たちの存在に気が付けるほどにね。
まあ、ロナード代官のことだから、ボクたちの力量を測ることに加えその後の反応を見るために、わざと発見させたという可能性も否定できないけれど。
「この度に一件には、全貌のはっきりしない第三者がかかわっている、と我々は考えている。自国の人間を評するには、はなはだ不適切で礼を失したものではあるのだが、あの派閥は、あー、上の方々から下の者どもまでその場の勢いだけで突っ走る傾向があるのでな……」
その代官様が何とも言えない表情で遠い目をしていました。
「だから、良い意味でも悪い意味でも囮を、特に子どもを利用するような手立てを考えつけるとは思えん」
思い込んだら一直線な猪突猛進タイプばかりが集まっているらしい。
ただし、他所に攻め込んだ武勇と戦果をもって、没落しかけている現状からの起死回生を図ろうとしている辺り、性根の方は真っ直ぐとは言い難いようだけれどね。
このように放置しておける相手ではないが、それ以上に正体不明な第三者の方が問題だ。もしかすると、ボクが想像した黒幕というのはこいつらのことではないだろうか?
「一つお聞きしたいんですけど、タカ派がタフ要塞に兵を集め始めるより前に、彼らに取り入ろうとするとか、接触を計ろうとしたやからがいませんでしたか?」
「ふむ……。確か、魔法研究所に入所した新参の研究者が一時、大公領にあるタカ派の重鎮貴族の別邸に出入りしていたようだな。こちらが把握しているのはそれくらいか」
「研究者が貴族のお屋敷に?」
「件の貴族の所領出身の者だったそうだ。研究所への入所に際して、その貴族に口利きでもしてもらっていたのだろう」
研究所と銘打っているが、実際は魔法主体で戦う兵士たちの所属先となっているとのこと。
元々『水卿公国アキューエリオス』の軍には魔法兵なる役職があったのだが、一般兵とのいさかいや対立等から廃止となり、有名無実な機関となっていた魔法研究所と合併する形で隔離されることになったらしい。
そして、地方出身の兵士や研究者が、所属先で得た情報を報告することを条件に、出身元の貴族に口利きをしてもらうというのはこの国ではよくあるこという話だった。
「それ、極秘事項まで流れ出しちゃいませんか?」
「そもそも大公様と『十一臣』による最高会議で決定したこと元になっているから、極秘事項などあってなきようなものだな。実施よりも先に貴族たちに策定案を知られることになるが、各領地が先に手を打つのであればその分財源が浮くことになると、国としても密かに奨励している節があるのだ」
一度知ったからには貴族的な面子から、よほどの穴でもない限りはその通りに実践しなければならなくなるそうだ。
しかもそれぞれの貴族のお金で。なんでもこれをケチると、
「あら奥様、聞きまして?〇〇様が自領内で国策の事業を受けるそうですわよ」
「まあまあ!貧乏な田舎者だと思っていたけれど、それほどお金に困っていたのね。プークスクス」
このような陰口と嘲笑の対象になってしまうのだとか。
それならば情報そのものを知らずにいればいい、と思うかもしれない。が、それはそれで、
「ねえ、奥様。××様の領内には兵士や研究者に推せる人材すらいないみたいですの」
「あらー、なんとも情けないこと。でも、治めている者があれですから、それも仕方がないというものですわね。プークスクス」
とこれまた嫌味の対象となってしまうのだった。
『水卿公国』の貴族は面倒くさいね……。
「あれ?でも、兵士や研究者が出身領の貴族に会うのは日常茶飯事なことなんですよね?どうしてこの人のことだけは調べられていたんですか?」
「それは、彼の貴族がサジタリウス領の者だったからだ」
サジタリウス領は『水卿エリア』でも最北に位置し、土地が痩せていることもあってか尚武の気性、特に腕力への憧憬が強い土地柄であるらしい。
領内にヒャッハー魔物の代表格、ケンタウロスが生息していることも関係しているのかも?
その結果魔法使いの数は少なく、彼の人物は何と三十年ぶりの研究所への入所者だったとのこと。
ちなみに、サジタリウスに加えてスコルピウスとレオの三領主がタカ派の中心人物だと目されている。
「目立つなというのも、注目するなというのも無理そうな話だわ……」
とはいえ、その分多くの情報が集まっていただろうから悪いことばかりではない。
どうにもボクには、彼らにとっての常識を隠れ蓑にして黒幕のやつらがタカ派に接触をしていたように思えてならなかったのだ。
「その研究者は普段どんな格好をしていましたか?」
「研究所で支給されるローブを着込んでいたらしい。さらに日差しに弱いとかで、いつも目深にフードを被っていたそうだ」
はい、確 定 !
「えーと、今『土卿王国ジオグランド』に『冒険者協会』の査察が入っていることはご存じですか?」
「あれだけの騒ぎなのだ。当然だろう」
「あー、それなら多分少し調べればすぐに出てくることだから言っちゃいますけど、そのゴタゴタにローブ姿の人物が深くかかわってます。しかも顔が見えないくらい深くフードを被っていたそうです」
共通点を並べ立てた瞬間、顔つきを険しくするロナード代官。
「すぐに今の話の裏を取るために動け!それと、あの研究者のその後の足取りはどうなっている!?」
一礼をした後、執事とメイドが代官の指示に従って急いで部屋を出ていく。
そしてしばらくすると、執事だけがその手に紙の束を抱えて戻ってきたのだった。
「……消息不明だと!?」
「はい。いつの間にか姿を消していたそうです。私物もほとんど持ち込んでいなかったようでして、個人を特定できるようなものは残っていなかったとか。さらに、代わりとしてレオより推挙されてきた人物が起こした騒ぎによって、研究所における彼の人物の存在はうやむやになってしまったようです」
この騒ぎを起こした罰として、レオ領からは今後十年間研究所への口利きはしてはいけないことになったそうだが、元々サジタリウスに並んで魔法使いが少ない土地ということで、実質的には無罪放免のようなものだったみたい。
「市場での動きからすると、仲良く協力してという事ではないみたいですけど、タカ派と正体不明の第三者は一定の関係があるとみて間違いなさそうですねえ」
ボクの言葉にロナード代官は「そのようだ」と短く答えるだけだった。




