663 (ようやく)対談開始
明日にでもニミの街を発ち領都ジェミへ向かう。ロナード代官がどう応対するのかを見るために、わざとこちらの予定を流してみる。
まあ、これくらいのことなら向こうが少し本気になればすぐに調べられてしまうことだからね。
ボクたちとしても知られて困る内容でもないので、交渉の材料として使えるのであれば安上がりどころかお得感満載だったりするのだった。
「明日にはいなくなるのだから、余計な労力を使う必要はないという忠告か、はたまたこれ以上は詮索するなという警告か。……いずれにしても「はい、そうですか」と手を引くことはできんな。領都までの道中でお前たちに何かあったら、それこそ私の責任となるのでな」
そうなりそうな予感はあったけれど、やはりロナード代官は自ら主体となって動くことを選択してきた。
ついでに、どこまでが彼の責任の所在となるのかをぶっちゃけてきたわけですが、これはボクたちの予定を教えたことへの意趣返しだろうね。
「これで貸し借りはなし。お互いイーブンで話を進めようじゃないか」
という台詞が聞こえてきたような気がした。
背筋に冷たいものが走り、ぞわりと全身が泡立つ。
うーん……。なんだか最近、戦闘面だけでなく交渉とか話し合いの方面でも手ごわい人が増えていませんかね?『火卿エリア』でお世話になったリシウさん配下のお姉さんなんて、本気を出されたら勝てる未来が思い浮かばないほどだった。
ロナード代官からはそこまでの底知れなさは感じられないけれど、それでも強敵であることに違いはない。
ゲームなのだから、もっとサクサク勝てるような難易度設定にしてくれていいのよ?
もっとも、だからこそ協力関係を構築できた時の恩恵は大きいことも確かなのよね。腹心と言われるくらいだから領主のジェミニ侯爵からの信頼も当然厚いはずで、そんな彼からの進言であれば、適当に扱われるようなこともないだろう。
クンビーラ対『水卿公国』軍の戦争を起こさせないためにも、ぜひとも協力者として引き入れておきたい。
余談だけど、彼の立場上ボクたちの味方や仲間になることはあり得ないので、その点は用心して適切な距離感を保っておく必要があるね。
「仕事熱心なことだね」
内心の不安や動揺といったマイナス感情に気付かれないように蓋をしながら、いかにも面倒といった調子で肩をすくめて見せる。
代官以下、部屋の中にいた人たちにピリッとした空気が流れた。本心からの言葉と態度だったからね。さぞかし苛立たしく思えたことだろうさ。
「まあ、苦労を買って出たいのなら好きにすればいいよ。ボクたちが楽できるって言うなら、こちらとしては大歓迎」
喧嘩を売りたい訳ではないので、この辺りで方向転換をして歩み寄る姿勢を見せる。
デレてないですからね、あくまで歩み寄っただけです。そこのところはしっかり理解しておくように!などというツンデレっぽい冗談はこれくらいにしまして。
「あらかじめ言っておきますけど、ボクたちにできるのは情報提供くらいなものですから。それもボクが関わったことだけです。何をしてくれるつもりなのかは知りませんけど、それ以上の取り立てをされても、ない袖は振れないのでご了承ください」
明示するどころか仄めかしてすらいないが、こうやって呼び寄せたくらいだ。ボクたちが何者なのか程度のことは調べてあるに違いない。
「件の出来事の張本人から話を聞けるのだ。見返りとしては十分な報酬だな。ただし、虚偽は含まず全て真実を語ってもらうぞ」
「嘘を吐く利点なんてないから、もちろんそうさせてもらうよ」
こうして、本格的な会談が始まった。
ところで「件の出来事」とはブラックドラゴンのことだよね?そうでなければ割と盛大なすれ違いで勘違いになってしまいそう……。
その時点で改めて着席を促されたので座った椅子は微妙な座り心地でした。ソファではなく長椅子の座面と背もたれの部分に緩衝材――ボクはあれをクッションとは認めない!――を入れただけのものだったのだ。
思わず半眼になってしまったボクたちだったが、ロナード代官も同様の椅子――ただし一人用――に座っていたので文句を言うことはできなかった。
彼との間に置かれたテーブルも値打ち物とは到底言えなさそうな代物だったし、本当に予備の部屋という扱いのようだ。
一方で、出されたお茶は文句を付けようがないほど美味しいものだった。舌が肥えているミルファですら「美味しいですわね」と素直に称賛していたくらいだ。
これまでの会話で執事とメイドのコンビには敵対心を持たれていたので、「嫌がらせの一つくらいはされるかも」とこっそり身構えていたのでけれどねえ……。
彼らのプロフェッショナルとしての矜持がそれをさせなかったのかもしれない。
「さて、まずはこちらの事情から話せばいいのかな?」
「いや。先に君たちを取り巻く状況を知ってもらっておく方がいいだろう」
ロナード代官の話によれば、タフ要塞に集結しつつあるタカ派の連中は、ボクたちが入国したと知ると、さっそく身柄を確保しようと動き始めているらしい。
ちなみに、ボクたちの入国がバレたのは出入国者の検閲をしていた関所なのだとか。
あの建物の管理はジェミニ領の仕事なのだが、そこに詰めている人員は国からの派遣という形になっているそうで、タカ派の人間も一定数含まれているという話だった。
「国境の領主が造反でもしていたら大事ですから、他領の者や国の人間を派遣するというのは、考えてみれば当然でしたね……」
ネイトの言葉にボクとミルファも同意せざるを得ない。そして結果的にはこうして無事にニミの街へと到着できているけれど、最悪の場合入国直後に捕らえられて即ゲームオーバー……、という可能性だってあったということだ。
もっと緊張感を持たないと……。
「街の中では大っぴらには動くことはできないせいか、辛うじて尾行や監視の技術を持つ者に後をつけさせていただけのようだがな」
市場以降ボクたちが感じていた視線は、そいつのものだったのだろう。
……うん?何か引っかかるぞ?
「尾行や監視の技術を辛うじて持っている?」
「そうだ。あれはそれだけの人間だ」
その言い方だと、まるで自分の視線を誤魔化すために誰かを囮に使うなんて思考はできないようではありませんか。
「つまり、子どもをそそのかした存在は別にいるということ?」




