662 才能の片鱗
「リュカリュカ、そのくらいでお止めなさい」
「そうですよ。わたしたちは喧嘩をしに来た訳ではないのですから」
ロナード代官と丁々発止のやり取りを続けていたボクだったが、ミルファとネイトからストップの要請が入る。
「えー……。まだまだ言い足りないんだけど、二人がそう言うなら……」
それに対して不満たらたらながらも、渋々従ったようなフリをする。
実際は、こちらもあちらも止め時を見計らい始めていたので、二人の制止の呼び掛けはナイスタイミングだった。
さらには言外にボクたちパーティーの力関係が平等であることを伝えられたことも良かったね。
リーダーであるボクを御せるとなれば彼女たち、特に身分的には平民のネイトであっても無碍に扱うことはできなくなるという訳だ。
そして力関係が同等ということは、説得するにしても丸め込むにしても、三人が揃って納得できるようなことでないと反論が出るということでもある。
リーダーであるボク一人を取り込むことができれば勝ちだと思っていただろうロナード代官の側からすれば、交渉の難易度が三倍に跳ね上がったということになるのだ。
……ごめん、三倍はさすがに盛り過ぎかな。あちらには長年積み重ねてきた豊富な経験があるし、ボクと違ってミルファとネイトは素直だから、そういった点を考慮すると二倍くらいにしかならないような気がする。
これ以上はボロが出てしまう危険もありそう。欲を言えばもう少し引っ掻き回してあちらの人たちの平常心を奪っておきたいところだったのだが、そろそろ本題に入っておくべきかな。
やり過ぎた結果キレさせて牢屋へご案内、なんてことになっても意味がないものね。
「それで、何の用があって警備兵団の人たちを使ってまでボクたちを連行させてきたんですか?まさか顔を見てみたかっただけ、って訳じゃないんでしょう?」
くだらない理由だったらぶっ飛ばす、とけん制しながら尋ねる。ついでに、腹の探り合いにも疲れてきたので普段使いに近い口調に――無断で――変更させてもらう。
「貴様!それが目上のお方に対する態度か!」
案の定そのことに激高した代官の背後に立つ護衛の一人、男性の方が叫び出す。若そうに見えたから女性の方が怒りの沸点が低いかな?と思っていただけに、これは少し予想外だった。
それはともかくとして、正確にはこれまでの積もり積もった苛立ちがついに爆発したというところだろう。主人思いの護衛だと言えなくもないかもしれないが、少なくともこの場では悪手でしかなかった。
「護衛ごときに口を出させるなんて、これはまた随分と軽く見られたものだよ。大国であることに胡坐をかいて、『水卿公国』では分をわきまえるっていう当たり前の礼儀すらおざなりになっているとようだね」
ロナード代官が行動するよりも先に、嫌味を交えながら指摘する。
先に言っておくと、護衛という職業や役割を見下すつもりはないからね。だけど、その役割を越えてしゃしゃり出てこようとするなら話は別だ。
そもそも代官が自身の名を告げた時に、部屋の中にいた残るメンバーを一切紹介しようとはしなかった。それは暗に彼一人だけがボクたちと言葉を交わす役割を担っているということを示していた。
つまり、同室内にいたとしても護衛や給仕の彼らは部外者なのだ。
うん?その理屈で言えばボクたちの側もミルファやネイトには発言権がないのではないか?
答えはノーです。仕組んだ側のロナード代官たちと、碌な説明もなしに強制的に連行されてきたボクたちとでは立場が違うのだ。
加えて、あの名乗りもあちらが挨拶すらしようとしなかったので仕方がなく行ったものに過ぎない。
「すまなかった。今のは完全にこちらの落ち度だ」
これには即座に謝罪を入れてきたね。自分の失言や失態ならばこの後の話し合い次第でどうとでも取り返すことができる。が、部下のやらかした失敗となると対外的な面もあるので罰を与えるといった行為が必要になると考えたのか。
上司である彼が頭を下げることでその罰を帳消しにした訳だ。そのあたりの判断の速さはさすがだね。ジェミニ侯爵の腹心というのは伊達ではないらしい。
「ろ、ロナード様!?」
「黙れ。次に口を開いたら部屋から出て行ってもらう」
言い訳も反論も許さずピシャリと言い切る姿には、上に立つ者としての貫禄さえにじみ出て見えた。
対して、言われた護衛の男性はしゅんと肩を落としていた。下手なやり方だと、逆恨みをしてボクへと怒りが向くこともあるのだけれど、しっかりと己の責任だと分からしめていたその手腕はお見事という外ない。
最初からこのペースでやられていたら、ボクたちなんぞ鎧袖一触でやられてしまっていたかもしれない。年若いこちらの見た目に油断したのか、それともそう装っていただけなのか。今いち判別がつきにくいのよね……。
ただ一つ確かなのは、護衛の彼の暴走はロナード代官にとっても予定外のことだった、ということだ。
本格的な話し合いを始めるよりも前に、本気の彼を見ることができたのは幸運だったのかもしれない。
「先ほどの質問の答えだが、この街に入り込んでいる血の気の多い連中が接触するよりも先に、君たちの身柄を保護するためだ」
上から目線な言い分に少しばかりイラッときたが、代官たちからは大人になりきっていない半分子どものように見えているのだろう。
「もっとも、本当はもっと穏やかなやり方をするつもりだったのだがな。スラムの子どもが利用されていたことで、多少強引にでも連れてくるべきだと判断した、と報告を受けている」
細かな判断は現場の人間、警備兵団の人たちに任せていたということらしい。
しかしこれ、言うは易し行うは難しの典型のようなものだったりするのよね。緩いと好き勝手それこそ犯罪まがいなことをしでかすようになるし、逆に厳しくし過ぎると、今度は上からの指示に従うだけで自主性がなくなってしまう。
実践できるレベルにするには、支持する側にかなり緻密なバランス感覚が要求されるのだ。
「ふむ。理由は分かりました。それじゃあ、次。御用はすんだようなので帰らせてください。明日の朝には領都のジェミに向かうつもりですから、その準備で忙しいんですよね」
ジェミニ領からは出るつもりはないこと、彼らを含むそちらの監視から逃れるつもりはないことをあえて教えてみる。
対してロナード代官はどう出てくるかな?
ジェミニ侯爵たちに任せる?
それとも、あくまでも自分たち主導で動こうとするのかな?




