660 巨像を打ち破れ
塀の中にあったのは、広い前庭と回廊で繋がった複数の建物だった。
人の通行も多く、ボクたちの前後にも門をくぐって塀の中へと入って来ている人たちがいれば、逆に出ていく人たちもいる。
身に着けている衣装から察するに、身分は様々なようだね。
ある建物には同じ紋が刻まれた警備兵団の鎧姿の男女が出入りしていたし、パリッとした制服らしきものを着こなしている一団もいる。
またある建物の前では日常使いなのだろう飾り気のない質素な服を着た人たちが並んで、何かしらの順番を待っているようだった。
「ここは……?」
「ニミの街の行政区画だ。施政を行っているのはもちろんだが、市民のもろもろの手続きなどの受付にもなっている役場に、我ら警備兵団の本部もここにある。奥には貴賓館や代官様のお屋敷もある一角もあるから、くれぐれも興味本位で出歩くようなことはしないように」
「それ、他国から来たボクたちに教えても構わないものなんですか?」
というか、むしろ教えないでいて欲しかったよね。
「ニミの街の常識だから問題ない」
つまりはテンプレ的な注意喚起に過ぎなかったと。
だけど残念ながらボクに限ってはフラグの建設にしかならないのですよ!
わーい。
貴賓館に代官のお屋敷、ご縁があるのはどちらでしょうね?
と、この時点で気が付かされたため、特に不思議に思うことなく警備兵団本部の棟を素通りする。
が、仲間たちはそうではなかった。まあ、NPCである彼女たちがプレイヤーのボクほどゲームとしての事情に詳しいはずはないからね。怪しく思うのは当然のことなのですよ。
そんなボクたちの態度の違いに、連行者たちの警戒がこちらへと集中してくるのを感じ取る。
ふっふっふ。
ボクたちの安全確保のためにも、そうやって存分に不安に駆られてくださいませませ。
里っちゃんいわく「思い込みで作り上げてしまった虚像ほど、乗り越えるのが困難な相手はいない」そうで、「カッコイイ言い方をするなら、虚像は巨像へと安易に繋がるものだから」ということらしい。
……えー、カッコイイかはともかくとして、不安や心配のあまり相手を過大――誇大と言い換えてもいいかも――に捉えてしまうということみたいです。それこそ太刀打ちができないほどにね。試験や試合など、いわゆる本番に弱いタイプの中の何割かの人はこれの影響を大きく受けているのではないかと思う。
つまりですね、警備兵団の人たちが不安に感じれば感じるほど、ボクたちは安易に手を出せない強者へと変換されていくという寸法でございます。
もっとも、だからこそ「強い相手ほど燃える!」という迷惑極まりない主人公気質のやからにはめっぽう弱かったりするのだけれどさ。
はてさて、目立たないようにという配慮なのか、それとも別の思惑があったのか。ボクたちは行政区画の中心、お役所機能が集中する建物へと裏口から連行されていくことになる。
……なぜだろう、建物内の空気がどことなくリアルの職員室に近いように感じられた。監督や指導を行う立場の人というのは、似通った雰囲気を持つようになるものなのかな?
そんなボクの疑問への答えは当然のようになく。隠されているのではないかと邪推してしまうほど目立たない場所にあった階段を使って階上へとさらに移動していく。
完全に関係者の利用しか考えられていないのか、一つの飾り気すら見当たらないどころか石材がむき出しになっているね。経費削減のためなのかな?
リアルのコンクリートを打ちっぱなしにしたままの壁――ボクにはいまいち理解できないのだけれど、あれってカッコイイものなの?オシャレなの?――を連想させられてしまったよ。
そんな階段を前後に警備兵団の人たちをまとわりつかせながら登っていく。
二階、通り過ぎます。
三階、スルーします。
四階、見向きもしません。
「いやいやいや、どこまで上がるのよ!?」
尋ねることができそうにない雰囲気だったので黙って従っていたのだが、ついに我慢できなくなってツッコんでしまった。
「……次の階だ」
「あ、はい」
淡々とした短い言葉に返事をしていると、あっという間にその次の階――五階です――へ到着。
……うん、そうだね。階段が途切れてしまっているものね。隠し通路か何かでもなければ、この階までしか行けないよね。
「最上階、でしょうか?」
「極秘の避難場所くらいはあるかもしれないけれど、実質的にはここが最上階だろうね」
ボクたちの会話にピクリビクリと肩を震わせる人がちらほらといたことから、この予想は当たっているとみて間違いなさそうだ。
何事があっても動じないようにしないと、気が付かない内に情報を盗まれてしまいますよ?
それとも、どこまであちらの情報を知ることができるのか、試されているのだろうか?
ともあれ最上階だ。上下の両方に繋がっている中間階に比べると、移動できる先が単純に半分になっているということでもある。
当然人員の配備は下の階へと続く場所にだけ集中すればよい訳で、「逃がすつもりはない」という言外の意思表示なのかもしれない。
そして、ボクの気分を盛り下げる要素がもう一つ存在する。最上階には偉い人の部屋が設置されていることが多かったりするのだ。
これは分かりやすく身分や地位の高さを示すという意味合いもあるのだけれど、同時に守護や警備がし易いためでもある。先に取り上げた点は、単純に守りを固める際にも有用なのです。
「……それなりに上位者が出てくるだろうとは思っておりましたけれど、まさかトップに引き合わされるとは思いませんでしたわね」
ミルファの声に若干呆れの色が含まれているのも仕方がないことだろう。長時間廊下を歩き回らされて、ようやく辿り着いた部屋には『代官室』のプレートが掲げられていたのだから。
ちなみに、長く歩かされたのはわざとだ。何度か同じ地点を曲がったり通ったりしていたので間違いない。恐らくボクたちの方向感覚を消失させるためだったり、位置を把握できなくしたりするためだったのだろう。
連行役の彼らが道に迷っていたわけではない、と思いたい。若干顔が青くなって冷や汗らしきものを流していたようにも思えるけれど、きっと気のせいだったはず……。
コンコンコンコン。
「入れ」
いつか聞いたものよりも幾分低い響きのノックに対してドア越しに返ってきたのは、これまた重低音な声だった。




