66 そうきたか……
「うん、そうだね。確かにこれもソースの分類の中に入っているよね……」
目の前に置かれた素焼きの小さな壺の中に入っていたものの正体を確認して、ボクはがっくりと肩を落とした。
その壺に張られていたラベルにはこう書かれてあった。
『ソイソース』と……。
「なんで英語表記やねん……」
思わず似非カンサイ弁で突っ込んでしまったよ。
ボクの地元はカンサイ地区に近いところなので、それなりに似ていたり影響を受けていたりする言葉や言い回しがあるけど、それでも常日頃からそういう口調で話しているという訳じゃないのです。
地元特有の方言も使うし、テレビ等の影響で標準語に近い話し方もする。ある意味、今の時代特有の喋り方ということになるのかもしれない。
おっと、そんな言葉づかいはともかくとして、大事なのは今ここにある醤油、じゃなかったソイソースです!
「このソース、有るだけ全部売って下さい」
「え、ええっ!?あ、有るだけ全部ですか!?」
ボクの素晴らしい提案に一番驚いていたのは、これを買い付けてきた商人のマタゴ・ボーロさんだった。反対に目を輝かせ始めたのがボッターさんと、クンビーラ商業組合の組合長であるドー・シュセン氏だった。
彼らの名乗りを聞いて、このゲームに登場する商人の名前に関してはもう諦めることにしたボクなのでした。
ちなみに、ボーロさんが買い付けてきたものの中には中濃ソースやウスターソースも含まれていた。
でも、なぜか味噌はなかったんだよね……。この辺の小出しにしてくる基準や条件がいまいちよく分からないです。
「リュカリュカさん、この際ですからこちらの事情を白状してしまうと、そちらの調味料は試しに買い付けはしたものの全く売ることができていなかった代物です。それをすべて買い取って頂けると?」
そう尋ねてきたのはボーロさんではなくシュセン組合長だ。自由交易都市であるクンビーラには周辺各地から様々なものが集まってくる。そうした中には新しいものや珍しいものなども含まれているのだけど、これには実は商業組合の、さらに言えば支配者である公主様たちの意向もあってのことだった。
簡単に言うと力の誇示ということになるのかな。日常で必要な物だけでなく嗜好品類をたくさん扱えるということは、それだけ自分たちに余力があるという証明にもなるからだ。
しかし買い付けてきたのはいいけれど、ソイソースやソース類の使用方法が分からなかったらしい。「調味料だと分かっているのだから、とりあえず料理にかけてみればいいのに」と思うかもしれない。
でもそれは、どういうものなのか知っているから言えることでもあるのだ。どれも見た目は真っ黒な液体だから、全く何も知らない状態で挑戦するのはかなりの勇気が必要になると思う。
それらのことを考えると、ボーロさんはソース類の生産者と直接やり取りをしたのではなさそうだ。一番簡単な販売促進は使い方を教えることだから、生産者であれば当然どうやって食べるかの説明くらいはしてくれたはずだ。
恐らく、最低でも二人は仲介者がいたのではないかとボクは予想していた。
「ええ。言葉通りの意味ですよ」
相手側にボッターさんがいる以上、ボクが田舎の村からクンビーラに出てきたばかりだということは知られているはずだ。
だから売りさばく販路というよりは、使い切る方法を知っているのではないかと考えるだろう。
「いくら大量ではないとはいえ、お一人で使うには多過ぎる量だと思うのですが?」
こちらを心配している風を装って、実は商品が無駄になってしまうことに不安を感じている。というのも実は見せかけで、本心としてはソイソースの使用方法を聞き出したい、というところじゃないかな。
「ご心配なく。色々と当てはありますから。あ、中濃ソースとウスターソースもいくらか売ってもらいたいところですね」
「こ、こちらもですか!?」
喜色に溢れたボーロさんの表情から察するに、かなり持て余していたように思われます。最悪、相当な大赤字を見込んでいたのかもしれない。
それが一転して売り捌ける可能性が出てきたのだから、すぐにでも飛び付きたい心境じゃないかな。
いくら今回の買い付けに組合やその上の意向があったとしても、他の商人さんたちの目もあることだし、完全な補填はしてもらえなかっただろう。
まあ、上手い話には裏があるという典型な流れと言えるかもね。それでもきっちりと利益に変えることができるのが、一流の手腕ということなのかもしれないけど。
「ボーロ君、落ち着きなさい」
「あ……。も、申し訳ありません、組合長……」
シュセン組合長にたしなめられて落ち込んでいる彼を見ていると、そこまでの力量にはまだ至っていないんだろうなと思える。
これがボッターさんなら……、そもそも使い方の分からない調味料を仕入れてくること自体がなかった気がする。
「さて、リュカリュカさん。我々は商人ですから、やはり儲けというものを第一に考えます」
「……そうでしょうね」
突然な組合長の話題転換に、真意が読み切れない。困惑して眉の間に皺が寄ったことも多分気付かれていることだろう。
「しかし組合という互助組織である以上、一人だけが突出して大儲けするという状況は看過し難いものがあるのです」
何とも回りくどい言い方だけど、要約すると「買い占めたソイソースで荒稼ぎするつもりなら、こちらもそれなりの対処をするからな」ということだろう。
やれやれですよ。ボクとしては一消費者のつもりだったんだけどね。まあ、次にいつ手に入るか分からないという強迫観念から、大人買いに手を出しちゃいましたが。
後から考えると、商業組合に預けたままで放置状態だった大金を消費する当てができたというのも大きいかな。
例え預けていたとしても、根が小市民なので大金を持っているという事実だけでプレッシャーになるのですよ。
「組合長のお気持ちは分かりました。ボクだって別に商業組合と喧嘩がしたい訳じゃないですから、そこはちゃんと自重するようにします」
殊勝な言葉を口にしながらも、軽く肩を竦めることで慇懃無礼であると態度で示す。ボクはあくまで冒険者なので、商業組合と親しくし過ぎると問題視されかねないからだ。
どこの世界でも裏を読み過ぎて勝手に疑心暗鬼に陥ってしまうという傍迷惑な人がいるものなのだよね……。
そんなボクの様子に、ボッターさんとシュセン組合長は感心した目を向けてくれていた。もっとも、顔つきは憮然としたものだったから、よほど注意深く見ていないと気が付かなかっただろうけど。現にボーロさんはこのやり取りに唖然としてしまっていたからね。
ソイソースを見つけてくるというボク的には大金星を成し遂げてくれた人なので、頑張って早く彼らの域にまで辿り着いてもらいたいものです。




