659 移送先は?
街の人たちの警備兵団への応対がフレンドリーでほっこりしてしまいそうになるが、現在進行形で正体不明の相手から監視されている最中なのよね……。
警備兵団側の人間という可能性はなくはないのだが、ボクたちが連行され始めたことでお役御免になっていると言っても過言ではない。
え?ボクたちが強引に逃げるかもしれないと用心している?
いやいや、それはないでしょう。だって彼ら、ボクたちの周りをしっかり取り囲んでいるからね。
おっと、正確な人数を言っていなかった。ボクたちを連行している警備兵団はリーダーらしき人も含めて全部で十一人。
なんと驚きの二桁です。ボクたちは三人だからその差は四倍近くにもなる。
多すぎでしょ……。
倒さずに振り切るだけ、というハンデをもらったとしても成功率は二割にも満たないだろうね。
そんな状況だから、わざわざ陰から見張るなどという面倒なことをする必要がないのだ。まあ、実地訓練代わりに利用されているとか、監視が趣味という人がいるのかも……?
いや、前者はともかく後者は完璧にアウトだわね。そんなおかしな癖のある人がいないことを切に願いますですよ。
さて、そんな大人数で練り歩いていれば当たり前のように目立ってしまう。いくら街の人たちがフレンドリーに接してくれているとはいえ、ボクたちのように外からの来訪者だっているので、いぶかしんだり不信の目を向けたりする人はいるだろう。
それこそ自分たちにとって都合のいいような噂を流す連中だっているかもしれない。残念ながらそうした動きの全てを止めることはできない。
が、ある程度の方向性を持たせることくらいはできる。
「ミルファ、これからしばらくの間お嬢様モードでお願い」
「?……承りましたわ。ですが、後でちゃんと説明してくださいまし」
「もちろん」
小声での短い会話を終えた瞬間、ミルファの雰囲気が一変する。
ほとんど黒一色で地味に思えていたブラックリンクス毛皮製の鎧ですら、艶やかな色気を放っているようだ。
「さすがはミルファシア様。夜そのものをまとめたようなお召し物に、月の光を思わせる御髪がとても映えていらっしゃいます」
息をのむ警備兵団の面々や野次馬たちをしり目に、ボクもまたその態度を彼女に仕える侍女にでもなったかのように変貌させていく。
「あら、なかなかに詩的な表現ですわね。……ですが、リュカリュカから様付きの敬語で話されると、妙に胸のあたりがざわつきますわ」
「……付け焼刃にも満たないってことは理解しているから、そこは見なかったふりでお願い。ネイトも無理に合わせなくていいからね。というか一人くらいは生粋の冒険者らしい人間がいないと訳の分からない集団になっちゃうし」
「あ、はい。よく分かりませんが了解しました……?」
二人とも突然な無茶振りをしてごめんね。
さて、ボクが何をしようとしていたのかというと、早い話が印象操作だ。警備兵団に取り囲まれて連行されるボクたちを見て、普通はどういったイメージを抱くだろうか?
ヒント、相手は治安維持活動を行っている人たちです。
……うん。犯罪者もしくはその予備軍辺りが一番多いかな。まあ、控えめに言っても間違いなくマイナス方向に振れているだろうね。
そんな状態で「あれはクンビーラから来た冒険者たちで、『水卿公国』のことを探っていたようだ」などと囁かれたらどうなるだろう?
大半の人はコロッとその言葉を信じてしまうように思う。
これまでの話を聞いた分には、タカ派の集団は脳筋というか腕力に物を言わせるようなタイプの連中ばかりのようだから、そういった策略というか手段は思いつきもしないような気がする。
その一方で、タカ派の背後に潜んでいるのかもしれない黒幕ならば、そのようなからめ手を利用するどころかさらにそれを口実にして、ボクたち、主にミルファの身柄を拘束するくらいのことはやってのけそうだ。
こうした展開になるのを防ぐべく、ミルファにお嬢様モードになってもらうことにした。
つまり余所者は余所者でも、どこかの我がまま令嬢とそのお付きが冒険者に扮して市中に紛れ込んでいた、という方向へと持っていこうとしたのだ。
この流れであれば、ボクたちは「ただ保護されただけ」だと言い張ることができるからね。
それに警備兵団としても「うら若き女の子たちを連れまわしていた」なんて悪評が立つのを防ぐことができる。
正直なところそこまでしてあげる義理はないのだけれど、先ほどと同じで恩は売れるときに売れるだけ売っておきたいというのも本音なところなのだ。
まあ、貸しだと思ってくれる察しのいい人がいなければ成り立たない欠点も兼ね備えてしまっているので、気負わずに「返ってきたらラッキー」くらいのつもりでいようと思う。
そんな風に頭と体を忙しく動かしているうちに、ボクたちは街の中央にある広場へと到着していた。
ここまでも結構な人出だったが、広場にはそれに輪をかけて多くの人が集まっていた。ミルファにお嬢様モードになってもらったことで、見物人が増えてしまったのかな?
「あ、ボッターさんがいた」
唖然と口を開いていたかと思えば、目が合った瞬間に頭を抱えてしまった。
「さもありなん。心中お察しいたしますわ……」
「頭だけではなく、胃も痛くなっているでしょうね……」
少し別行動で目を離しただけで連行中だからね。ボクたちが特別何かやらかした訳ではないのだけれど、思わずごめんなさいしたくなる状況だ。
ともかく、心配はいらないと笑顔でアイコンタクトを送っておくとしましょう。
……なぜ青ざめる?
ボッターさんに見送られて、ボクたちが向かったのは高い塀のある一角だった。
外壁とはさすがに比べ物にならないけれど、それでも頑丈そうな塀が広場の一辺を占有している。そしてそれが唐突に途切れたかと思えば、奥へと続く入口がぽっかりと口を開いていた。
もちろんその前では何人もの屈強な体格の持ち主たちが厳重な監視と警戒を行っている。
「え?あの先に行くの?」
近くにいた一人が首を一度縦に振ることで、ボクの言葉を肯定する。どんどんと街の中枢というか、警備が厳しい所に進んでいるような気がする。
元々逃げるつもりはなかったし、逃げられるとも思っていなかったが、これはちょっと逃げ出したい気分になってきたかも……。




