658 ペースを握る
街中だから派手で強引なことはできないと高をくくっていたのだけれど、警備等の正規の人たちであれば、職務質問などで真正面から正々堂々と怪しまれることなく接触することも可能だわね。
むしろこういうケースだとボクたちの方が「何かやらかしたのか?」と周囲の人たちから不信の目を向けられることになっているくらいだ。
これは盲点だったね、あっはっは。
いや、笑っている場合じゃないのは重々承知しているのだけれどさ。ちなみに、揃いの鎧の肩口に『ニミ国境警備兵団』と刻まれていたので、残念ながら本物であるらしい。
「複数から見張られているのは盲点だったなー……」
実は、例の視線もそのまま感じられていたりするのだ。あ、お子様の方は警備兵団の彼らがやってきた時点で慌てて逃げていきました。
まあ、犯罪すれすれのグレーゾーンの中を日々生きている子どもたちからすれば、警備と治安を担っている人たちは天敵のような存在だろうからねえ。
「うん?……子どもたちを遠ざけるために、わざとこのタイミングで接触してきたんですか?」
ふと浮かび上がってきた予想を口にすると、一人が明後日の方向へと目をそらし、それに勘付いたリー
ダーらしき人が眉をひそめていた。
この態度から察するに大当たりだったみたい。
「ふーん……」
ニマニマとちょっぴり人の悪い小悪魔チックな笑みを浮かべる。
「な、なんだよ……」
それに気圧されたかのように、警備兵団の一人が声を発してしまう。こうなればこちらのものだから、思わず笑みを深くしてしまうね。
悪いけれど、後はボクたちのペースで進めさせてもらうよ。
「子どもたちの身を案じていたことに免じて、こんな人の多い場所で捕り物のような真似をしたことは許してあげましょう」
孤児たちが市場で獲物を探しているのは日常茶飯事なのか、ボクの言葉を聞いて、こちらをうかがっていた人たちのほとんどが興味をなくしたようだった。
反面、警備兵団の人たちは上手くあしらわれたように思ったのか、渋い顔つきになっていたけれど。
でも、彼らがやっていることはこの街の法律とかに違反していないだけで、かなり不味いことだからね。他国からの人間というだけで明確な理由もなく連行しようとしている訳ですよ。
しかも、多くの人が見ている中で、だ。ボクたちを犯罪者か何かのように扱うことで、それを周知することが目的だった、と言われても仕方がない行為なのです。
今現在この光景を見ていなくても、誰かの体験談や噂話を聞いただけで、ボクたちの印象は簡単にマイナスへと振り切れてしまう。
人というのはそれほどまでに第一印象に左右されやすいのだ。
これはリアルでも同じで、SNSやネットニュース、テレビなどで何気なく目にした人物評が後々まで影響するということは少なくない。
これの厄介なところは本人が意識していなかったり、完全に思い込んでしまっていたりで排除が難しいところにある。それを理解していながらも利用しようとしている部分が社会のあちこちで感じ取れるのだから困ったものだよねえ。
もはやインフルエンサーというよりは扇動者と呼んだ方が妥当なのでは?と思えるような人までいるし。
さて、ちょっと横道にそれかけたりもしたけれど、以上の説明で警備兵団の彼らがやったことがどれだけ危険な行為なのか理解してもらえたと思う。
しかし、影響する点はこれだけで終わらない。先ほどリアルのインフルエンサーのことに触れたが、こちらの世界でも似たようなことはできてしまう。むしろ、口コミや井戸端会議ネットワークしかないため、リアルよりもきっちり世論を染めきることだって可能なのです。
今回の件を例に挙げるとすると、「ニミの街でさ、クンビーラ出身の冒険者だというだけで警備兵団に連行されたんだけど……」と、クンビーラに戻って方々で話したとする。
聞いた側の知識や情報量にもよるが、大半はニミの街、ひいてはジェミニ領や『水卿公国アキューエリオス』そのものが、再びクンビーラを敵視し始めたのではないか?と疑うことだろう。
冒険者であればボクたちと同じように無実の罪で捕まえられるかもしれないし、商人なら積み荷を徴収されてしまうかも知れない、と不安に感じるのではないかな。
そうなれば当然、リスク回避や軽減のために『水卿公国』に向かおうとする人は減ることになる。
まあ、土地も広い大国だからいきなり飢饉が起きたりはしないだろうが、前触れもなく突然他国からの物流が減ったり止まったりすれば、経済は大混乱となってしまうことだろう。
余談だけど、大国の三つの国同士並びに他大陸にある国との間で海運も行われてはいるのだけれど、陸運に比べればその量ははるかに小さく、誤差と言っても過言ではない程度だったり。
と、最悪の場合はここまでなってしまう、できてしまう訳なのですよ。
それをあの台詞ひとつだけでなかったことにしてあげようと言うのだから、とっても感謝して恩に感じてもらいたいところだね。
はてさて、それに気が付いている人が果たしてどれくらい居たのだろうねえ?
「それで、どこに連れて行ってくれるのかな?女の子に声をかけてきたんだから、しっかりエスコートしてよね」
「いや、ナンパじゃないからな!?」
「連行されるのっていうのに、何でこんなに堂々としてるんだ……?」
反射的に思わずツッコんできたり、ほほを引きつらせながらぼやいてみたりと、なかなかバリエーション豊かな反応を見せてくれる警備兵団の皆々様です。
リーダーの人くらいはそれがこちらの手であり、それにすっかりと乗せられてしまっていることも理解しているようだが、このまま乗っておくほうが良いと判断したのか、小さくため息を吐いただけで、仲間たちを咎めようとはしなかった。
こうしてボクたちは警備兵団の人たちに連行されることになったのだが、物々しい捕り物ではないと分かったからなのか、市場を抜けるまで人々からやたらと声を掛けられることになったのだった。
それだけ警備兵団が街の人たちに認知され、なじんでいるということになるのかな。
果物屋のおじさんからは「古くなって売り物にならないから」とリンゴまでもらっていたよ。ボクたちにまでおすそ分けされてしまった。
……いや、さすがにこの空気は緩すぎやしないかな!?




