656 寄る?寄らない?
戦争大好きヒャッハー一味の暴走かと思いきや、それを操っているかもしれない黒幕がいそうな予感がしてきた今日この頃、皆さんいかがお過ごしですか。
こちらは敵地とはいえ、ようやく大きな街でゆっくりできると思っていたところに、思わぬ方向から爆弾が投下されたような……。つまるところ、とっても出鼻をくじかれた気分です。
とはいえ、そろそろ疲労もたまってきている。レベル相応の強い魔物が出現してこないため、まともな戦闘すら行っていないので肉体的には元気が有り余っている状態なのだけれど、スキップで数日間を一気に体験したために精神的に疲れてしまっていたのだ。
なので、とっとこ街へ入って休息をとることにします。
「お、おい、嬢ちゃん!このままニミの街に入るつもりか?せめてここは迂回して、領都のジェミに向かう方が安全じゃないのか?」
てくてくと街道に沿って歩き出したボクに、ボッターさんが慌てて声をかけてくる。
「多分ですけど、網を張られているのはどこの街でも同じだと思いますよ。それにいきなり迂回し始める方がかえって怪しまれますって。それならまだ食料とか消耗品の補充だけして、急いで通り抜ける方がマシじゃないかな」
まあ、ボッターさんの言いたいことも分からないではないけれどね。何せこちらにはクンビーラ公主一族のミルファシアがいるのだ。
クンビーラの軍や戦力を誘い出すための格好の材料だと、安易に人質にしようとする単細胞がいても不思議ではない。
ミルファがいかにただの冒険者として振る舞ったとしても、あちらの捉え方次第となるのでこればっかりはどうしようもないのだ。
「接触される機会を減らすのは分かりやすくて有効な対策だけど、じれて我慢ができなくなった連中が強硬手段に出てくる可能性があるんですよ。それならいっそのこと、接触されるかもしれないけど人の目が多くて危険なことはし難い街の中にいる方が安全かもしれないです」
これまでの経緯から考えると、黒幕っぽい存在がヒャッハー連中の手綱をしっかりと握れているとは言い難いのよね。
策を出した時点で用済み扱いされている展開すらあり得そう……。
ああ、でも、仮にそうだとすると、最悪は住人たちに犠牲を出すほどの無茶な行動をしてくるという可能性も考えられるのかあ……。
速度を緩めた――荷馬車の速度を簡単に変えられるのか?という突っ込みはなしの方向でお願いします――ことを不審がられないように、さも街へ到着することを喜んでいるかのように見せかけながら、浮かんできた疑問をみんなにぶつけてみる。
「おーっと、ミルファもネイトも笑顔、笑顔でね。ニミの街でお買い物するのを楽しみにしている風に思わせて」
「そんな話を聞いては、笑ってなどいられませんわよ!」
「ミルファ、声が大きくなっていますよ。リュカリュカも要求値が高すぎです。言いたいことは理解できますが、それを実行するのは相当難しいですよ」
「あー、ごめん。ちょっと焦っていたみたい」
二人からの反論を受けて謝っておく。表情を読ませないなどの貴族教育は受けていたらしいけれど、ミルファはこの通り感情を隠すことが苦手な部類だ。
そしてネイトに至ってはそうした訓練を受けたこと自体がない。まあ、普段は十分に及第点を出せるくらいにはできているのですがね。それが冒険者としての経験からくるものなのか、それともそれ以前の体験によるものかは不明だけれど。
それにしても、いつの間にか里っちゃんたち生徒会のお手伝いをしていた中学の頃の感覚で話してしまっていたようだ。
彼女から聞いた話によれば、あの頃は一部の腹を割って本音で話せる先生たち以外との会議なんて、無表情での皮肉の応酬だったらしい。
まあ、夢見がちで思春期真っ只中な中学生の要望を一から十まで飲むことなんてできるはずがないからねえ。
それでも全く検討しないどころか、要望案を見ようとすらせずに却下してくるようなこともあったとなると、文句や皮肉の一つも言いたくなる訳で。
そんなことがあったせいか、いつ頃からか生徒会室ではポーカーフェイスの訓練をしていたのだ。
ちなみに、やり返せていたのは主に里っちゃんで、雪っちゃんともう一人の副生徒会長が時々そこに加わるくらいだったみたい。他の子は青ざめたりイラついたりするのを抑えるだけで精一杯だったとのこと。
いくら優秀で生徒会役員に選ばれるほどだとしても、それはあくまでも同地区で同年代という狭い中での話なのですよ。
「嬢ちゃんはすっかり策士になっちまったなあ。……いや、ブラックドドラゴン様を話術だけでやり込めた訳だから、元からそういう性質だったのか」
戻ることのできない過去に思いをはせていると、ボッターさんからそんな言葉が飛び出してくる。
策士かあ……。物語の主人公よろしく華々しい舞台上で大活躍!というよりは、裏方の方が性に合っている気はする。だけど、しょせんは小娘で素人の浅知恵だ。
それでも廻らさないよりはマシだと思ってやっているけれど、曲がりなりにも通用しているのはゲームの中だからなのだろう。
リアルって怖い。
「ところでさっきの話だが、ニミの街の代官は領主のジェミニ侯爵の家臣だから、さすがに住民に被害が出るような勝手な真似はさせないと思うぞ」
街道が整備されていて陸路では唯一の玄関口となっているためか、この地の領主はどちらかと言えば穏健派に近い立場を取っているのだとか。
「いわゆるタカ派の『十一臣』とは距離があるって話だ。まあ、俺たちのようなよそ者の行商人風情には真偽のほどまでは分からんがな」
タカ派に分類されるのは軍閥出身であることに加えて、領地に特産を見出せていない場合が多いらしい。そのうえ不祥事などで家格が下げられている、もしくは下げられそうになっているのだそうだ。
「いえいえ。十分な情報ですよ」
特にジェミニ領にとって、タカ派と馴れ合うメリットがないと分かったのは大きい。もちろん全て対外向けのブラフだという可能性は残っているが、恐らくそれはないと思っている。
メタ的視点で申し訳ないけれど、そこまでやってしまうとゲームが成り立たなくなりそうだしね。
とりあえず、街中であれば安全は確保できそうだと判断して、ボクたちはニミの街へと入っていくのだった。




