655 立地の理由
まんま続きですが、新章開始です。
顔合わせをして話し合いをした翌日には、ボクたちはクンビーラを出発していた。
一台だけとはいえ荷馬車を満載にすることが一日でできるとは思えないのだけど、そこはまあ、ゲーム的な処理というやつですな。
異界関連のイベントが再発する可能性があったこちらとしては、ありがたい限りです。
そしてボッターさんの護衛という半ば形だけのクエストをこなしつつ街道を北上すること早四日、ボクたちは国境を越えて『水卿公国アキューエリオス』へと足を踏み入れていた。
『土卿王国ジオグランド』に到着するまで十日弱、その途中で立ち寄った『迷宮都市シャンドラ』までが約一週間の道のりだったことを考えると、いかにクンビーラと『水卿公国』との距離が近いかがよく分かるというものだわね。
さて、クンビーラをゲーム開始地点に設定したことに加えて、街道からそれることもなかったこともあってか、強力な魔物が出現するようなことも一切なく、ここまでの旅路はまさに平穏そのものだった。
むしろ食材――マモノニク、ウマイ――を確保しようと企んでいたので、思いっきり肩透かしを食らった気分だよ。
余談ですが、旅の最中のボッターさんは、うちの子たちだけでなく座敷童ちゃんや翡翠ひよこにまでダダ甘になっていました。隙あらばお菓子や食べ物を配っていた。
久しぶりに帰省してきた孫たちと戯れる田舎のおじいちゃん状態だったよ……。
そんな道程なので当然のようにトラブルやイベントも発生することはなかった。クンビーラの北にある二つの村の統治を任されているオルト伯爵から、夕食に招待されたことが一番の出来事だったくらいだ。
だから、頻繁に時間をスキップしてしまったのも仕方がないことだと思うの。冬休み中の間にせめて目的地への移動くらいは終えておきたいという、リアル側の都合もあったもので。
「へえ。『土卿王国』では国境の検問所と町が一体になっていたけど、こっちではニミの街の外に別口で関所だけの施設がつくられているんだね」
視線を向けた数百メートル先には、ニミの街を取り囲む高い壁、そして街道が飲み込まれていく大きな門があった。
「向こうはシャンディラ側の国境の町と向かい合うようになっているからな。小競り合いが起きた時でもしばらくは単独で耐えられるよう、そういうつくりになっていたんだろうな」
と、解説してくれたのはボッターさんだ。下積みの行商人生活が長かったと言っていたが、その頃にシャンディラや『土卿エリア』の町や村まで足を延ばしたことがあったのだという。
「対してクンビーラは『自由交易都市』を名乗っていることもあって関や検問所の類を設けてはいない。だから『水卿公国』側も過剰な戦力を置いておく必要がないって訳だ。まあ、これには例の兵士が集まってきているっていう、タフ要塞が直ぐ近くにあるってことも影響しているんだろうけどな。で、少人数で対応しなくちゃならないから、国境を出入りする人間にだけがやって来るように別個の建物になっているらしい」
なるほどねえ。こういうちょっとしたことでも、それぞれの土地の特色が現れているのが『OAW』のすごいところだと個人的には思うよ。
ちなみに、タフ要塞はニミの街から街道を半日ほど領都ジェミ側に移動した地点から少し東にそれた場所に建っているそうです。
お上りさんの観光客よろしく「ほー。へー」とガイドさん、もといボッターさんの解説に聞き入っていたボクたちだったが、ただ一人ミルファだけが難しい顔をしていた。
「どうしたの?」
「本当にタフ要塞よりも国境側にニミの街があるのですわね……。以前勉強の時に聞かされていた通りですわ」
彼女はクンビーラの公主一族として様々なことを学ばされている。
その中には、領地が接している隣国の貴族領にある主要施設の立地場所も含まれていたみたいだ。
「ニミの街が国境のすぐ近くにあるのも、領都に並ぶほどの豊かさを誇っているのも、すべては外敵が襲ってきた際に、食いつかせて時間稼ぎをするためなのですわ」
「え!?」
思いがけない言葉にボクとネイトの驚いた声が重なる。
「ニミの街は襲撃者に対する餌だという噂は聞いたことがありましたが、本当のことでしたか……」
「今の大公やジェミニ領主がどのように考えているのかまでは知りませんけれど、少なくとも街ができた当初はそのような思惑だったそうですわ」
目先の餌に飛びついて食い散らかしている間に、タフ要塞に戦力を結集して反攻するというのが基本の作戦であったらしい。
「もっとも、『三国戦争』直後のどこもかしこも人手が足りなかった時期のことになりますけれど」
なるほどねえ。内乱へと発展してしまった『火卿帝国』や、迷宮からの無尽蔵の補給を甘く見てシャンドラから想定以上の痛手をこうむってしまった『土卿王国』に比べると『水卿公国』は出血が少なかったと言われているけれども、人的な損害は決してゼロだったわけではない。
当然上から下まで有能な人材は不足することになっただろうし、そうだったからこそ『水卿公国』という大枠を守るために、ニミの街といういざという時には犠牲を強いるいけにえを作らざるを得なかったということなのだと思う。
「結局のところ今はどうなんだろう?ボッターさん、商人目線で見た場合、ニミの街を切り捨てることはできそうですか?」
「まずもって無理だろうな。外の人間である俺でさえ惜しいと思っちまうんだ。ニミを拠点にして活動しているやつらなら捨てるっていう発想すら思い浮かばんかもしれんぞ」
「ふむふむ。それじゃあ、切り捨てられるかもしれないと考えることも難しそうですね」
「だろうな。さすがにクンビーラよりは劣るが、物の集まり具合だけで言えば今のニミの街は並みの都市国家以上だからなあ。ここを餌にするつもりなら、よほどの大物でもなければ割に合わんと思うぜ」
その言葉にピンとくる。
「……タカ派が何を考えているのか、なんとなく読めてきた気がするよ」
「本当ですの!?」
「多分あの連中、被害以上の成果を上げればいいって考えているんだと思う」
被害はニミの街で、そして成果はクンビーラだ。
「シナリオ的には、クンビーラの軍をおびき寄せるなり何なりしてニミの街を攻めさせて大義名分を得る。正義を掲げてタフ要塞に集めた大勢の『水卿公国』の兵士たちで粉砕、そのままの勢いでクンビーラにまで攻め込んで勝利!って具合じゃないかな」
頭の中がお花畑なの!?と言いたくなるほどの穴ばかりな作戦だが、謀略やからめ手で縛り上げていけば不可能ではない。
「ただし、これには緻密な情報戦が不可欠になるんですけど」
むしろそちらが真の戦いであり、実際に武力を用いての戦いは計画を完成させるためのダメ押しの一手にしか過ぎないのだ。
「自分たちにとって都合が良いようブラックドラゴンの存在を信じない人たちに、そんなことができるとは思えないのよね。逆に「現場の判断だ」とか何とか言って勝手なことをやり始めて、計画を台無しにしちゃいそう」
そう言うと、全員が納得したと頷いている。やれやれ、『水卿エリア』に入った途端に黒幕らしき存在の影がちらつき始めた気がするよ。




