654 フラグ建設業界はいつも好景気
『水卿公国アキューエリオス』へ赴くにあたって、ボクたちが護衛を担当することになったボッターさんと話を詰める。
……の前にもう少しだけ昨日のエルたちとの会話をおさらいしておこう。
「ブラックドラゴンの話を広めるために『水卿公国』に潜入するのは了解だけど、その後はどうすればいいの?」
「今の段階では、そのまま帰ってきてもろうた方がええか、それとも首都の『アクエリアス』まで行ってもろうた方がええかは判別がついとらんのが本当のところや。せやから国境の向こう側のジェミニ領、その領都『ジェミ』を拠点にしてしばらく冒険者活動をしてくれてればええよ」
ボクたちのこの一手であちらがどう動くのかを見極めてからでないと、かえって挑発するようなことにもなりかねない。慎重を期すためにも、次の指令が出るまでにはどうしても時間がかかってしまうらしい。
「一つ確認しておきたいんだが、国境沿いの『ニミの街』ではないのはどうしてかな?」
「いくらなんでも国境を越えてすぐの場所で、クンビーラから来た冒険者が仕事してたら怪しまれるからです。ブラックドラゴンの話をして回ってるいうんも、ちょっと調べたらすぐにバレるでしょうし」
「裏があると思うのが普通だろうねえ」
デュラン支部長からの問いにエルが答えて、クシア高司祭もそれに追従する。
まあ、国境を越えてすぐの所にある街であれば、逃亡する算段を付けていると考えられてもおかしくはないか。
ちなみに、ニミの街は『水卿公国』の実質的な唯一の入口となる街でもあるため、ジェミニ領だけでなく国内でも有数の豊かな街だという話です。
また、ジェミニ領を治める領主――『十一臣』の一人でもあります――の家系は双子が生まれる確率が高いそうで、その時には当主にならなかった方がこのニミの街を治めるというのが定番となっているのだとか。
他にも弟だったり姉妹が夫を伴ったりと当主に近い血の者が統治することが多いらしい。
まあ、それほどニミの街を重要視していると内外に向けたアピールの意味合いもあるのでしょう。
もっとも、今代の当主は一人っ子の上に早逝した親類が多いらしく、現在のニミの街には彼の腹心の部下が代官として赴任しているそうだ。
領地持ち大貴族の腹心とか、頭が切れすぎて危険な予感しかしないです……。
「あと、もしもあっちのお偉いさんに……。いや、やっぱり止めとくわ。言うたら本当のことになりそうやし」
賢明な判断ですな!でもね、エル。ちょっとばかり口を閉じるのが遅かったように思うよ。
つまり、『水卿公国』の偉い人から接触があるということですね……。
「そこまで言ったなら、せめてどうするべきかの方針だけでも教えておいてよ。このままじゃ筋を通した正式なお誘いであっても受ければいいのか、断ればいいのかすら分からないよ」
「あー、そうやなあ……。ブラックドラゴン様のことについてだったら、リュカリュカが知っとることは正直に全部答えてしもうて。それ以外のクンビーラのことは答えられる立場にない言うて突っぱねといて」
「うん、分かった。まあ、実際部外者だから話せるようなことなんて何もないしね」
ボクがそう言うと、残る全員が「何言ってんだこいつ?」という顔でこちらを見ていた。
な、なんだよう?
「はあ……。クンビーラにとって重要な出来事にことごとく関係しとるリュカリュカを部外者扱いしてくれるような無能ばっかりやったら、うちも楽ができたんやけろうどな……。ともかく、ミルファ様もそれで頼みます」
「了解ですわ。わたくしはあくまでも『エッグヘルム』のメンバーの一人ということでよろしいのですわね」
クンビーラ公主一族のミルファシア・ハーレイ・クンビーラではなく、ミルファという一介の冒険者としてふるまえということだ。
同時にこれは身柄を拘束されるようなことがあっても、表立ってはクンビーラに助けを期待できないということでもある。
まあ、公主様たちのことだから仮にそうなった場合は水面下や裏で色々と動いてくれるだろうけれど、最初からそれを期待しているようでは冒険者としての矜持を疑われてしまう。
全員無事で帰ってこられるように、不審に思われるような態度や行動は慎まなくては。
おや?なんだかこれもフラグになってしまいそうな……?
いやいやいや!キットキノセイダヨ。
で、時間軸を現在に戻しまして。
「ブラックドラゴン様の話の拡散については冒険者協会から聞いた。俺も向こうに着いたら顔見知りの商人連中から情報を集めてみる。それと、嬢ちゃんたち以外の冒険者が護衛に付く商隊を率いるやつらにも話を通してあるぜ。クンビーラ出身のやつやここを商売の中心に据えているやつばかりを選んでいるから、裏切りは心配しなくてもいい」
現状、商人さんたちにとってクンビーラを見限る理由もないものね。
新たな商業ルートができて落ち目になっていたり、暗君や暴君が支配していて大量の上納金を要求されたり、といった状況であるならいざ知らず、ブラックドラゴンのことが『風卿エリア』の世間一般にも知られ始めたこともあって、「ドラゴンを間近で見ることができるかもしれない」と一種の観光名所のような扱いにすらなっているのだ。
交易都市で物流拠点だったこれまでとは違って人も集まるようになっていて、それを目当てに物の方もさらに流入してくるようになる。
右肩上がりの成長の継続が見込める都市を捨てるような、儲けになることを嗅ぎ取れていない時点で商人としては失格ということになる。
にもかかわらず、わざわざクンビーラ出身者などを選んでくれたのは、ボクたち、特にミルファに対する配慮だと思われます。
まあ、「ここで恩を売っておいた方がいい」という打算な部分もあるだろうけれどね。
「クンビーラほど商売に寛大な都市は珍しいし、『アキューエリオス』は大口の市場だからな。その関係が悪くなるような事態になったら、ぶっちゃけ俺たちとしても困るんだよ。だから『商業組合』は全面的に協力する」
ボッターさんたち商人の皆が力を貸してくれるとなれば、これほど力強いものはないよ。商談中の世間話としてブラックドラゴンの話をすることができるのだからね。
ボクたち冒険者が下手な小芝居を打つよりも、よほど効果的に広めることができるだろう。




