646 スタートへ戻る
所作が綺麗、という料理長さんの指摘はお見事その通りであったようでして、大通りを歩くボクたちに向けられた視線は多かったが、座敷童ちゃんを見つめる眼には感嘆や敬服の感情が込められていたように思う。
まあ、その当人はと言いますと、そんな熱い瞳で見つめられていたことには全く気が付いていなかったようで、彼女にとっては物珍しい異国の街の景色に心を奪われていたのでした。
さて、そんな座敷童ちゃんの手を引いて、うちの子たちを護衛にしながらやってきたのは、クンビーラの街の中心に位置する広場だった。
ここは東西の街道と南北の道が交わる所なので、当然人の行き来も多い。そんな人たちを目当てにした屋台や露店がそこかしこに立ち並んでいたり、人目を引こうと大道芸が歌に踊りなどを披露する人たちがいたりと、クンビーラの街の中でも有数の活気のある場所でもある。
お店の数や練り歩く人の数だけで言えば、『商業組合』の建物もある南部の商業区画の大通りの方が多かったりするのだけれどね。
もっともあちらは場所柄か出入りしている大半は商人たちで、雑多なにぎやかさという点ではこの中央広場の方が勝っているような気がしています。
で、雑多でその上にぎやかであるということは、トラブルなども発生しやすいということでして。
おっと!待ってくださいよ、話はちゃんと最後まで聞いてください。ボク悪くないもん!
というか、いつもいつもボクが問題を起こしているように思われるのは心外ってなものですね。
つまりですね、騒ぎが起きやすい場所であるということは必然的にそれに対処するための人員が配置されているということなのですよ。
具体的に言うと衛兵隊の詰所の一つがあるのだ。
「おや?リュカリュカちゃんじゃないか。通達は回ってきていたが、本当に帰ってきていたんだその女の子は何だ!?」
おうっふ。顔見知りの衛兵さんに発見されてしまったよ。しかもしっかりと同行している座敷童ちゃんの存在にまで気付かれているし……。
まあ、周囲からの視線も割ととんでもないことになっていたから、バレて当然だった訳ですが。むしろ、気が付かなかったら適正を始めもろもろ衛兵として問題だっただろうね。
「べ、別にどこかからさらってきたなんて事実はありませんので!」
「ちょっ!?誰も疑ってたりしないから、人通りの多い場所でそんな物騒な冗談を飛ばすのは止めなさい!」
「はーい」
ブラックユーモアを満載にした返答は彼のお眼鏡にはかなわなかったらしく、不謹慎だと注意されてしまったのだった。
ここで一つ補足しておくと、リアル出身のプレイヤーはこの『OAW』の世界に住むNPCの人々からすれば、異質で変わった考えを持っていることが多い。とはいえ、基本的にはちょっとした変わり者程度の扱いだけれどね。
まあ、下手で大雑把なロールプレイですら信じてもらえるくらいだからねえ。
ちなみにボクの場合は、途方もないド田舎出身のため常識面で怪しい部分がある、ということにしています。
そんなプレイヤーのボクですら想像もしていなかったびっくり展開で同行することが決まった座敷童ちゃんなのだ。
頭のどこかでは普通に説明したところで信じてもらえないだろう、と考えていたのかもしれない。
「上からの通達には、そんな女の子のことは記載されていなかったんだが?」
なるほど。公主様たちクンビーラ上層部も知らない部外者の誰かを、街の中に連れ込んでいると思われたのだね。
いや、その通りだったわ。
「えーと、いろいろあって異界に行くことになりまして、そこで仲良くなってボクたちの旅に同行することになりました。あと、どこからどう見ても人間の可愛い女の子みたいですけど、この子、実は妖精みたいな存在です。」
ボクの説明を聞いて、衛兵さんは頭を抱えてしまったのだった。
細かい部分は省略したが、基本的な流れは押さえていたはずなのに……。
「よし、分かった。俺も一緒に行くから、とりあえず城に戻ってくれ」
「え?でも、これから冒険者協会で人に会う予定だったんですけど……」
「冒険者協会ということはディラン殿にデュラン支部長だな。二人にはリュカリュカちゃんに緊急の要件が入ったと伝言するよう手配しておくから心配するな」
いやいや無理ですから!
そんなことになったら、再会したときに二人から何を言われることやら分かったものじゃないですよ!
しかし、ここで騒いだところで見逃してもらえるなんてことはない。むしろ彼の印象を悪くすることになるので、状況は悪化するとことになるだろう。
最悪の場合は多くの衛兵さんたちが呼び寄せられて「御用!御用!」と捕らえられてしまうかもしれない。
結局、ボクたちは数時間前にようやく退出することができたクンビーラのお城へと帰還させられることになったのだった。
お城の中に入れるとあって、座敷童ちゃんが終始楽しそうにしていたことだけが救いだね……。
「どうして別れてからわずか数時間で、これだけの騒ぎを起こすことができますの……?」
再開した途端に失礼なセリフを言い放ってきたのは、ドリルヘアーな縦巻きロールのお嬢様ことミルファだ。まるで「頭痛が痛い」と言わんばかりに額に片手を添えさせながら、ゆるゆると頭を振っている。
彼女はどちらかというと美人系の顔立ちだからか、そんな態度ですらもどことなく絵になってしまうのがイラッとくるね。
「こっちにも色々あったんだよう。まさか勝手知ったるクンビーラの街中を歩いている時に異界に引き込まれるなんて、想像もできないってば」
「そこは同情しますけれど、かといって妖精を連れ帰ってくるだなんて、非常識にもほどがありますわ」
お城までの道中で、衛兵さんには事のあらましは伝えてあったので、ミルファも大まかな流れは知っているようだ。
が、まだまだ甘くて、正直ボクたちの身に起きた出来事をしっかりと理解しているとは言い辛いかな。
なぜなら、
「そういう偉そうなセリフは、この子の上目遣いに耐えられてから言って欲しいものだよね!」
「はうっ!?」
座敷童ちゃんを正面に立たせて向かい合った瞬間、ミルファは何かに撃ち抜かれたかのように胸を押さえて蹲ってしまったのだった。
あ、流れ弾が飛んで行ってしまったのか、彼女の背後にいた侍女さんたちや、扉のところで見張りをしていた騎士の人たちも若干苦しそうな表情になっていた。
ふっ……。座敷童ちゃんの可愛らしさに耐えられる者などいないのだよ。
ゲームを開始した場所という意味ではなく、本日のスタート地点ということですね。




